ためしに栃折久美子の『装丁ノート』(*創和出版)を手にとってみたまえ。
以下、先生が生徒に語る口調で――
本を開いたときにノドまでしっかりあけられて実に読みやすいだろう、これが本来の製本のカタチでなければならない。しかるにどうだ、諸君が書店で手にする本の読みにくさ、無線綴じというんだが本の背、つまりタイトルが書いてあるとこをホットメルトという接着剤を使って固めてあるから開きが悪い、無理に開けるとミシッとバラける、こうなると始末におえない。
活版印刷だから文字がしっかりしておまけにレイアウトもスッキリしてるだろ、そうそう大事なことを忘れていた、分かるかー、誰か。
そう、接着剤で固めてないんだ本の背、糸でかがってるんだ、こうするとたとえバラけたとしてもかがり直せるから本の寿命からいったら断然長生きする。 なぜ、無線綴じが多いか、この方が安く作れるらしいんだコスト面で。製本会社もだから糸かがりの機械がないトコ多いっていうことだ。そのうち100均でも本が並べられるかもしれないなァ。
生徒A:先生、もうあるよ。出ているよ100均に。
生徒B:あれは本じゃないよ地図や辞典だろう、あっ、本には違わないか。
生徒C:リサイクル本屋さんには100円でいっぱいあるよ、文庫本だけじゃなくて単行本も、たくさん。
変なマクラから始めてしまった、言いたいことはほぼ出つくしている。 本好きの人は多いがブックデザインはともかく造本に目をこらす方も多いのだろうか。その昔、昭和16年に出された「製本六〇年」(上田徳三郎『製本之輯 復刻版』参照(大日本印刷)では、近頃の本は粗雑で退歩している、といい震災後の円本ブームが襲った「大量生産能率本位」のスタイルを嘆いている。上田は丁稚からたたきあげた腕のいい製本職人。それ(震災)以前は本格的で手かがリ職人の独壇場であった、と。機械製本以後の製本と職人の「退歩」をもうこの時点で指摘しているのだ。
栃折が製本のノウハウを通じて伝えようとしているのはデザインとしての装丁に書物の造作も含めて丈夫で見やすい、使えるカタチにこだわっていることだ。
針でかがり紙を帳合いし表紙を綴じていく工程を自分でやってみると機械製本の多くが採算面で取り入れざるをえないと推測される造作が気になりはじめる。確かに多いです、文庫や新書は別にしてもね。ノドがつっぱってキチンと開けられない製本が。栃折の本から引いてみよう(『装丁ノート』 本のいのち 参照)。
「最近出版される本の何割を『九八〇円の本』が占めているか、一度調べてみようかと思ったことがある。本の定価を千円以内におさえる工夫は、石油危機以後、どの出版社も課題の一つとして持たされてきたと思う。
たくさんの本が、辛くも九八〇円ラインで踏みこたえて出版されている。 それを支えているのが、他ならぬ無線とじの普及であることは、私もよく知っている。」
1979年の話だけれど今でもそのまま通用するのではないか。このあと無線とじによる本が全自動製本機により1時間当たり数万冊の速度で生産されていることを、合理化と節約がコストを抑えている要因だったという話が続く。栃折のタメイキが聞こえてくるような話題へ続いていくのだが、消耗品にしたくない本も安いコストで作れる無線とじにされてしまえば消耗品としての扱いを受けざるをえないし、それを承知で装丁に関わるというジレンマなんですね。
ぼくはキネマ旬報社刊行の『戦後十年傑作シナリオ集』(昭和31年)をバラしてかがってみた、厚いホッチキスでノド3ミリ位で綴じられていたから両端を持っていないと読めないからだ。人様にみせられる出来ではないがこうして糸でかがると読みやすい、自分の本という感じ。大変な手間ですけどね。
岩波新書も今は糸でかがっていないがぼくの手持ちの1969年第四刷の高島善哉『アダム・スミス』はかがりがしてあり読みやすい。例え製本がゆるんでも自分でかがりなおせる。本の背に接着剤で固めた製本はバラけたら修復が極めて難しい。
目から鱗が落ちる、というが栃折の話しはまさにそれ、長年本に親しんできたけれど細かい装丁や造作には関心がいかなかったぼくの鈍感さを啓いていただいた。
ものを創る構えというか取り組む姿勢についても基本型を大切にして見えない裏側も見ること、見えないものを見る想像力の大切さについての指摘などアルチザンとしての姿勢がシャンとしている。書物に関わる発言が自身の手と結びついているから単にエッセイを綴っているのではなくすこぶる具体性があり読み手に迫ってくる、それにいい文章なんですよ。
〈素人が喋々するのもどうかと気がひけますがやっぱりいいと思いますね。文体は精神の姿勢でもあるといったのは哲学者の中村雄二郎だったと思うけれど納得です。〉
『手製本を楽しむ』(大月書店)、『ワープロで私家版づくり―編集・印刷から製本まで―』(創和出版)、『えほんをつくる』(
大月書店)の3冊が栃折の製本技法の手引書。それらをひもときながら実際にいくつか作るまねごとをしてみた。写真もついてわかりやすく書いてあるんでしょうが難しいものですね、一つひとつの意味を手で追っていくのに精一杯。特に糸でかがるところは。
無線とじをバラして折丁をつくりかがっていく、エラく大変な作業になるけれど、ぼくにとって大切な本を装丁しなおしてみる作業は年金生活者になってからの老後の楽しみにとっておくか、悠長なことをいっていないで早く基本をマスターするべきなのか、正直迷います。
とてもかなわない
栃折久美子