黒澤本は次々と刊行されたが河崎義祐『映画、出前します』(毎日新聞社)のなかで黒澤作品と同じ俳優、同じスタッフを使っているのに映画の出来が違うのは「人間の活かし方が違う」からだ、と書いている(「第17幕 涙で言葉にならない」参照)。 能力の限界まで、あるいはそれ以上の力を絞り出させるところが「活かし方」の違いだ、師である黒澤監督によくぞ熱く叱ってくれましたという言葉とともに印象深い。
河崎は『黒澤明ドキュメント』(キネマ旬報社)を見ると「どですかでん」で助監督のひとりについている。ご自身も書いていますが。 お年寄りに映画のリクエストを受けて自ら機材一式を携えて「出前」でみてもらう河崎は「日本映画を支えてくれた人たちへの恩返しのつもりです」と語っている、こういう方もいるんだ、この日本には。脱帽。
〈高峰秀子も『にんげん蚤の市』(文春文庫)で、「見にきてくれたお客さんが私の勲章だ」と書いていましたね。なお河崎の本は図書館の分類だと「福祉」に入るようで「映画」には入ってこない、映画好きの方は先にあげたエピソードを原文にあたってみることをおすすめします。〉

「素晴らしき日曜日」でシナリオに参加した植草圭之助の『冬の花 悠子』(*中公文庫)はぼくの心に深い余韻を残し忘れがたい。そこには黒澤の同世代として明治後期に生を受け大正、昭和と生きた青年の無鉄砲なまでの心情のほとばしりとはかくあるものかと驚く。 この年代の人物の大きさと創造力については少しばかり気にとめておく必要があるのではないか。 冬になると再読したい気になるんですね、不思議とこれが。
植草は文庫判の「あとがき」で「あくまで事実を基調として、さらに虚構を組みこみ、真実を浮き彫りにする」構成に苦心したと書いている。ぼくは小説を読まないほうの人種に入るけれど、ドシッときました。実体験からの迫力と情熱。昭和16年の青春を見ました。
〈ちなみに吉原の女を脱走させ二人で生きようとする恋愛物語、強烈ですよ。恋愛といえば『青春のモノクローム』(新藤兼人 朝日新聞社)の亡き愛妻物語も忘れがたい、絶望から再生までシナリオライターとして溝口に師事する場面とともに胸を衝かれます。〉

溝口健二を筆頭にマキノ雅弘、山中貞雄、小津安二郎、成瀬巳喜男、黒澤明、吉村公三郎、木下恵介の年代はそう違わない。日本映画の黄金時代を作り引っぱってきた名匠揃いだが、映画というジャンルを超えて創造力がハンパでない、どの辺りに開拓のエネルギーというか源泉が潜んでいるのか。他分野ではどうか、創造の力が映画という分野で集中して形成されたのは何故か、戦争の影はどうか、興味はつきない。
ここに「とてもかなわない」編の人物クロニカルを掲げてみよう。誰と誰が同世代か、気になる役者と並べてみるとひとつのイメージが浮かんでこないだろうか。溝口を筆頭に1900年あたり、つまり20世紀に入る頃からの時代を生きぬいた人たち。

溝口健二 1898(明治31年) 大正9年日活向島
大河内伝次郎 1898(明治31年)
伊藤大輔 1898(明治31年)
内田吐夢   1898(明治31年)
山本嘉次郎  1902(明治35年)
小津安二郎 1903(明治36年) 大正12年松竹蒲田
嵐寛寿郎 1903(明治36年)
片岡千恵蔵 1903(明治36年)
古川緑波  1903(明治36年)
清水宏 1903(明治36年)
高島善哉 1904(明治37年) 1924年福田徳三ゼミ
上田吉二郎 1904(明治37年)
榎本健一  1904(明治37年)
藤原釜足 1905(明治38年)
成瀬巳喜男 1905(明治38年)
志村喬 1905(明治38年)
大河内一男  1905(明治38年)
小国英雄 1906(明治39年)
笠智衆 1906(明治39年)
マキノ雅弘 1907(明治40年) マキノプロ 昭和2年監督
菅井一郎 1907(明治40年)
大塚久雄  1907(明治40年)
東野英治郎 1907(明治40年)
松田道雄 1908(明治41年)
山中貞雄 1909(明治42年) マキノプロ 昭和2年
佐分利信 1909(明治42年)
杉村春子 1909(明治42年)
黒澤明 1910(明治43年) 昭和11年PCL
田中絹代 1910(明治43年)
加東大介 1911(明治44年)
吉村公三郎 1911(明治44年) 昭和4年松竹蒲田
木下恵介 1912(明治45年/大正元年 昭和8年松竹蒲田
新藤兼人 1912(明治45年/大正元年
森繁久弥 1913(大正2年)
内田義彦 1913(大正2年)
白上謙一 1913(大正2年)
山茶花究 1914(大正3年)
天藤真 1915(大正4年)
殿山泰司  1915(大正4年)
山田五十鈴 1917(大正6年)
原節子 1920(大正9年)
三船敏郎 1920(大正9年)
高峰秀子 1924(大正13年)
鶴田浩二 1924(大正13年)
田中小実昌 1925(大正14年)
植木等 1926(大正15年)

*映画人の出典は基本的には『日本映画大鑑』(昭和30年3月キネマ旬報増刊)による。植木等は『夢を食いつづけた男』(*朝日文庫)から。
なお『日本映画人名辞典 監督編』(キネマ旬報社)の巻末には同世代順に生年月日が記されている。興味のある方はご覧ください。
*蛇足ですが今年2004年は1904年生まれの高島善哉、上田吉二郎、榎本健一の生誕百年となる。昨年は小津安二郎がマークされましたが。
〈未完 このクロニカルは追記増補していく予定です。〉

とてもかなわない
黒澤明

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