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〈映画の世界が面白いのは映画そのものはもちろんだが活動屋という人種の面白さを抜きにしては語れないのではないか。〉
このノートの中でこう書いてからいろいろな記憶が浮かんでくる、そうだあのコトを忘れちゃいけない、そんな感じですね。その幾つかを補足しておきたい。
若山富三郎については『名脇役・潮健児が語る昭和映画史 星を喰った男』(唐沢俊一編著 ハヤカワ文庫)は外せない本。
「プロローグ・若山さんの死」で「楽しかったあの頃」― そう、日本映画が活力をもっていた幸福な時代を万感の想いで偲んでいる。
潮健児の名前はいつ頃ぼくのなかにインプットされたのかもハッキリしないけれど、オッまた出てるっていう感じで〈顔見知り〉になっていった。他にもこういう役者がいましたね、名前をあげてみましょう。
小川虎之助
東宝の顔? 「椿三十郎」でバラをかき集めていました。悪いほうの侍なのだが丸顔のせいか善良なところがにじみでて憎めない。「生きる」の小意地の悪い役人も良かった。「隠し砦の三悪人」にも出ていました。松竹映画にも出演している。
遠藤太津朗
「仁義なき戦い」の「代理戦争」、幹部役で(低く粘っこい声)「あんたもひつこい人やなぁ、その話はええ加減にせんかい!」、押しが効いていて恰幅も良く貫禄十分。憎っくき悪役だったらこの人。いつのまにやらファンになっていました。なお、当時のクレジットには辰雄となっている。
汐路章
「県警対組織暴力」の刑事、「……暴力団いうてもよ、のう、アカの連中に比べたら可愛いもんじゃ」このセリフ、客席から笑いがもれていました。加藤泰の映画にもよく出演していたような記憶があります。ギョロッとした眼が印象的。
天津敏
薄い唇と細めの眼光で迫力がありました。出てくるだけでワルイ奴という感じがありませんか。東映の悪役第一人者。善人の役はあったのだろうか。
スターでもないのに妙に気になって覚えてしまう。演じる場面はたとえ少しでもピタッと決まっているんですね、この方たち。
〈もっと前までさかのぼれば「日本映画脇役列伝」というタイトルで集成できますね。〉
潮健児は1993年に、それも出版記念の2日後に亡くなったとあとがきにある、巻末の出演リストをみると圧倒されます、活動屋人生そのもの。
「泣きつくすくらい泣きました」という若山への想いは熱いほど伝わってくる、人間の密度が濃いんですね。
古川ロッパに師事、入団したのが二十歳のとき(昭和二十年だというから文字通り昭和とともに生きてきた人)、それからの役者サークルのタテ糸とヨコ糸が紡ぎだす相関図には唸されます。親友の山麟がいる、森繁がいる、渡辺篤、戦友犬塚弘、渥美清、嵐寛が、そして東映の監督たち……。昭和映画(演劇)史を彩る人間模様というのは誇張ではない。
「天才とガキ大将が同居している」若山との出会いから、スッポリ取り込まれていくまでが何ともおかしい。最初はイバっている感じで潮も敬遠していたのに求心力のある人なんですね、若山富三郎という方は。ぐんぐん吸いよせていく。実生活でも演技をしていたのではないか、と思わせるほど。
朝から晩まで毎日いっしょにいる日々をハチャメチャなエピソードで綴っていく。自分勝手でお山の大将、懐に入ってしまえばトコトン面倒をみる、豪放でいて繊細、お汁粉の場面がいいですね。山城が『おこりんぼ さびしんぼ』で描いていた人物像をしっかり肉づけしています。
若山の東映での初仕事は知る人ぞ知る「博奕打ち 総長賭博」(1968年 山下耕作 シナリオ笠原和夫)だと書いている。鶴田の説得に対してどうにも我慢しきれない感じが溢れでていてキマッテいました。これまた濃密な映画でした。〈東映での初出演は1966(昭和41)年に移籍しての「お尋ね者七人」(小沢茂弘)だと『アウトローの挽歌』(西脇英夫 *白川書院 改題『日本のアクション映画』*教養文庫 「アウトロー人別帳」参照)にはある。『仁義なき戦い』笠原和夫幻冬社アウトロー文庫 の巻末にある「笠原和夫全脚本リスト」も参照。〉