高峰秀子のエッセイの数々は歯切れがよく、その関心の場が映画・料理・嗜好・人物と広がり特に『わたしの渡世日記』(文春文庫・*朝日文庫)が抜群に面白いという諸家の指摘は定説。ぼくは高峰を映画からよりもむしろこの本を通して強い衝撃をうけた。随所にみえる映画、監督、人物評からつきせぬ魅力とオリジナリティを感じる、それだけでなく生きる姿勢にうたれる。 『わたしの渡世日記』は日本映画の名作群の延長線上に聳える作品だとぼくは思っている。 

最近では斎藤明美が書いた『高峰秀子の捨てられない荷物』(文芸春秋・文春文庫)が出色、『女優高峰秀子』(別冊太陽 平凡社)で高峰との出会いを語り(「かあちゃんの卵焼き」)注目していた方だが師でもあり「母」でもあり友でもある高峰像をくっきりと描きだしている。出会いの物語からさらに広がり、高峰の人生に寄り添う。 ちなみに“かあちゃん”とは高峰のこと、斎藤は「高峰秀子は、私に命をくれた人である」と書いている。言える言葉じゃないですよ、命なんですから。
『高峰秀子の捨てられない荷物』は『わたしの渡世日記』の側面史ですね。生きっぷりが見事なんです、要するに。高峰のデパートでの講演会に付き添うシーンなど圧巻です(「鶏卵」参照)、名著。

斎藤が書いているように本物を見極める人という印象。人にたいして物にたいして好き嫌いがハッキリしている、物についての潔癖なまでのこだわりについては『いいもの見つけた』(*潮出版社 再編集されて*集英社文庫 )参照。
〈付録みたいに肴のレシピが載っているが「豆腐のバター焼き」なんてでています(単行本)、「サライ」(1994年2月3日号のインタビュー、《「人生の店じまい」を始めました。》にも家財道具を整理してこれからの暮らしを始める高峰と物との関係がひろく語られていて面白い。)
食については「かあちゃんの卵焼き」のアツアツの卵焼きのにおいが漂ってくるような食卓の名場面をのぞいてください、斎藤がもらったものが分かります。

斎藤の出会いの物語と並んで中島誠之助が綴った「アネさんのこと」も印象深い、骨董交換会の競り市で高峰を「ハラハラしながら見守っていた」光景やイヤな客に顔色が変わった中島に「まだ修行が足りないね」と諭されるいきさつが楽しい(『骨董屋からくさ主人』所収 *実業之日本社 中島誠之助)。

さて、映画の世界が面白いのは映画そのものはもちろんだが活動屋という「人種」の面白さを抜きにしては語れないのではないか。
例えば、思いつくままにこんな本がリストアップできる。
竹中労『聞書アラカン一代』(*白川書院*ちくま文庫 *徳間文庫)
新藤兼人『ある映画監督 溝口健二と日本映画』(*岩波新書)
高橋治『絢爛たる影絵』(文藝春秋・*文春文庫)
加藤泰『山中貞雄』(*キネマ旬報社)
堀川弘通『評伝黒澤明』(毎日新聞社)
山城新伍『おこりんぼさびしんぼ』(*幻冬舎)
殿山泰司『三文役者あなきい伝』(全2巻 ちくま文庫・*講談社文庫)
家城久子『エンドマークはつけないで』(*教養文庫)
植草圭之助『わが青春の黒沢明』(*文春文庫)などなど、 とにかく破天荒で面白い。
まだあるぞ、 藤本義一『川島雄三 サヨナラだけが人生だ』(河出書房新社)
山田宏一『次郎長三国志 マキノ雅弘の世界』(ワイズ出版)。
あげていくときりがないまたの機会にとりあげよう。

どうしてこんなに面白いのか、不思議なくらい。
ぼくが日本映画にこだわるのは映画へのそれと並んでドキュメントがめっぽう読ませるからである。
竹中労の『日本映画縦断』全3巻(*白川書院)などその最たるもの。とにかく熱いんですね、ほとばしる感じがにじみでて。
『聞書アラカン一代』(既出)も傑作、本音で語るアラカンの魅力と竹中独特の日本映画史へのオマージュが重なりズィと一本骨が通っている、読ませるサービス精神も含めて非凡な才能ではないか。
〈有吉佐和子が作家たるものページを開かせたら最後まで読者を引っぱっていく技術をもたなければ、とどこかに書いていました。今は誰も言わないけれど『複合汚染』なんて読みだしたら止まりません、確かに。〉
殿山泰司の日記スタイルはブツブツつぶやく感じ。
山城新吾の若山富三郎への切々たる追慕は人間をまるごと抱きしめるかのような優しさに満ち、家城久子の夫巳代治監督への想いも鮮烈。
家城の『したたかに愛燃えて』(*中公文庫)も優れたドキュメント、まさに伏せるに能わず。 いい本ですねェ。
新藤兼人・溝口健二、加藤泰・山中貞雄、高橋治・小津安二郎、堀川弘通・黒澤明、植草圭之助・黒澤明はドキュメンタリー・ドラマを見ているような印象、特異な人物像に迫らずにはいられないパッションをてこに事実と重ね自身の眼で切り取りながら一つの世界を描きだしていく、エピソードの数々がこたえられない。どれも名著だと思う。  
映画監督のエピソードは役者やスタッフの眼から切り取られたものも限りなく多いからたんねんにひろい集めアンソロジーを作る作業が残されているんじゃないでしょうか。この辺りはマークしておこう。

特異な人物といえば小林信彦『天才伝説 横山やすし』((新潮社・新潮文庫)も外せませんね。『日本の喜劇人』(新潮文庫)なんて今さらいうのも何だけれど十年に一度の名著。登場人物がなにしろ一筋縄ではいかない曲者ぞろい。スリリングですよね。
小林は実際に会ったことのある人物をとりあげることを基本にしているところ、そしてリアルタイムで映画や演劇を見たかどうかを重視するところがいい、迫力が違うような感じがします。
〈横山やすしについては大谷由里子『吉本興業マネージャー奮戦記「そんなアホな!」』(朝日文庫)も外せない、奇怪な日々が面白くないわけがない。なお、『日本の喜劇人』に続くものとして『植木等と藤山寛美 喜劇人とその時代』(新潮社)が密度が濃くて何度読んでもあきさせない面白さ。〉
〈映画にかかわる本の紹介は何回かに分けてまたノートにしていきたい。〉

高峰秀子は子役から出ている方だからその映画人生自体が日本映画史と重なる、映画の世界にとまらず人脈というか世間の広がりがすごい。黒澤、木下、成瀬、市川崑、山本嘉次郎などの監督たちはもちろんのこと、谷崎潤一郎、川口松太郎、梅原龍三郎、司馬遼太郎、有吉佐和子、宮城道雄、東海林太郎などなど点在する点と線。ホンモノだけをかぎ分けつきあえるというのは天分ではないか。
〈『わたしの渡世日記』に「おまえはジジィ殺しだなァ、谷崎、梅原、志賀直哉、みんなジジィじゃねえか」と川口松太郎に言われたとある。〉

先に生きっぷりが見事と書いたのはたとえばこんな場面だ。
『高峰秀子の捨てられない荷物』に斎藤が「私はね、文藝春秋の社員じゃないんだよ」と思い切って告白する場面がある。肩書きのもつ影響力を思い知らされてきた斎藤にとってはそれなりの決意をこめた「告白」だったのでしょう。

「私はドキドキした。かって数人に同じことを言った時、彼らの表情は微妙に変化した。」

高峰もとうちゃんこと松山善三も、「それがどうしたの?」とキョトンとしたり「だから何だって言うんだ」と逆にやりこめられるところがいい、清々しい。 肩書きカンケイない、宅配の人に投げかける高峰のまなざし、普通のつきあいを大切にするエピソードが、高峰の著書のあちこちに綴られ印象に残る。
〈この話題はぜひ原文にあたることをおすすめします。「とうちゃんとかあちゃんは、ずっと一匹狼ですよ」ということば、「私は目の前の老夫婦に改めて心の中で頭を下げた」という結び、胸に響いてくる。生きる姿勢の潔さ。「鶏卵」参照。〉 坂を歩いていく白髪の高峰を後ろからみつめる斎藤もまた同じまなざしの人なのでしょう。
〈『わたしの渡世日記』の「勲章」にも市井の人々に向ける「眼」を感じさせるいい文章が綴られている。仕事仲間の床山の“重ちゃん”(小林重雄)を突然失った辛さを、口惜しさを語っているところだ。

「市井の片隅にまぎれてロクな報酬にも恵まれず、それでも立派な仕事をし、人間的にも優れた人人を、私は大勢知っている」
「重ちゃん、聞こえますか」

遺影に呼びかける高峰に打たれる。脱帽。〉

『女優高峰秀子』(平凡社)を編集した川本三郎の本も外せない、「すべては高峰秀子さんに始まる」と『君美しく戦後日本映画女優讃』(文春文庫)のあとがきで書いている。
高峰との対談を皮切りに川本の日本映画女優賛歌が綴られていくのだけれどまったく今の女優(タレント)とは「格が違う」という川本の言うとおり、それでいて視線が高くない、脱帽するしかないですね。 日本映画の黄金時代を築いたのは才能豊かな監督たちなのでしょうが支えた女優、もちろん男優も偉い。
〈『君美しく』のもとになった“生涯のあこがれの人”高峰との対談は「サライ」(1994年11月17日号)に掲載されている。
川本の胸に深く刻まれた映画は「二十四の瞳」のようだ。〉


             

とてもかなわない
高峰秀子
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高峰秀子ビブリオグラフィ
著書目録

1.「巴里ひとりある記」
S28 映画世界社
S30 創芸社
S31 河出新書
2.「まいまいつぶろ」
S30 映画世界社
S31 河出新書
3.「私のインタビュー」
S33 中央公論社
4.「瓶の中」
S47 文化出版局
5.「わたしの渡世日記」上下
S51 朝日新聞社
S55 朝日文庫
H10 文春文庫
6.「いっぴきの虫」
S53 潮出版社
S58 角川文庫
7.「旅は道づれガンダーラ」
S54 潮出版社 松山善三共著
H4 中公文庫
8.「つづりかた巴里」
S54 潮出版社
S58 角川文庫
9.「いいもの見つけた」
S55 潮出版社
S61 集英社文庫
10.「旅は道づれツタンカーメン」
S55 潮出版社 松山善三共著
H6 中公文庫
11.「典子は、今」 
S56 潮出版社 松山善三共著
12.「台所のオーケストラ」
S57 潮出版社
H12 文春文庫
13.「旅は道づれアロハ・オエ」
S57 潮出版社 松山善三共著
H5 中公文庫 「旅は道づれアロハ・ハワイ」改題
14.「コットンが好き」
S57 潮出版社
H15 文春文庫
15.「人情話 松太郎」
S60 潮出版社
H2 ちくま文庫
16.「あの道 この道」
S60 美術公論社 瀬木慎一共著
17.「旅は道づれ雪月花」
S61 文化出版局 松山善三共著
18.「雨彦・秀子のさわやか人生案内」
S62 三笠書房 青木雨彦共著
19.「私の梅原龍三郎」
S62 潮出版社
H9 文春文庫
20.「おいしい人間」
H4 潮出版社
21.「忍ばずの女」
H6 潮出版社
22.「にんげん蚤の市」
H9 文芸春秋
23.「にんげんのおへそ」
H10 文芸春秋
24.「にんげん住所録」
H14 文芸春秋
参考資料 「女優 高峰秀子」
H11 平凡社 別冊太陽
[高峰秀子著書一覧]