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ぼくが〈急いだ本〉といえば『映画監督山中貞雄』(実業之日本社)、『黒澤明コレクション 復刻シリーズ』(キネマ旬報社)、『川島雄三、サヨナラだけが人生だ』(藤本義一 河出書房新社)、『高峰秀子の捨てられない荷物』(斎藤明美 文藝春秋・文春文庫)などで、どれも刊行(復刊)を待っていた本ばかり。
〈なんだ映画関係ばかりじゃないか。〉
文庫になってすぐ買い求めたものもあるけれどこれは別ですね。 基本は図書館か古書店でさがします、結構こんなところにこんな本が、というのがあるんですね。恩地孝四郎『本の美術』(*出版ニュース社)は品川図書館に、『製本之輯 復刻版』(大日本印刷)は川崎図書館にあります。名著というけれどこういう本こそ廉価版で何とか市場にだせないものだろうか。
以下は勝手な空想。 文庫本や新書で竹中労の〈日本映画縦断シリーズ〉(*白川書院)、現在絶版である栃折の『装丁ノート』(*創和出版*集英社文庫)、新藤兼人『日本シナリオ史』上下巻(*岩波書店)、加藤泰『映画監督 山中貞雄』(*キネマ旬報社)、L.スティーブン 中野好之訳『一八世紀イギリス思想史』(*筑摩叢書 全三巻)など読みたいものだ。
〈社会科学の名著もリストに入れたいがまたの機会に。復活させたい本のリストを作ることも宿題にしておこう。〉
目にふれない数々の名著、ぼくが知らないだけのいい本が復刊され、さらに欲を言うと、活版印刷・糸かがり綴じのシンプルな装丁で読むことができれば本当にすばらしいと思うのだが、夢のまた夢か。素人の迷いごととお笑いください。
文庫本や新書のサイズは手軽でいいんですがノドの開きが良くないから、苦にはなりませんか。
しかし古典=文庫の構図がいつからくずれたのか不明ですが絶版になるテンポが速くなって、ということはつまり新刊が多いということで、消耗品的扱いを強いられているということだろうか。
黒澤のアナロジー(既出「黒澤明が選んだ百本の映画」参照)で言えばつまらない本(映画)を次から次へ作るくらいなら、いっそ止めるか少なくして古くても自分が気にいっているイイ本(映画)を自分の書店(映画館)でみんなに読んで(見て)もらったほうが有意義だ、と考えてしまう。こういうマイナーなことばかり言っていてもと思うけれど、そんな役割を一部の古書店(名画座)が古くてもイイものを自分の目利きで選び、ぼくたち少数派(かどうか))の願いを叶えるべく役割を担っているのでしょう。
名画座については話が少し違うかもしれない、ずいぶんなくなってしまったもんなァ、銀座の並木座、大井名画座、横浜だと大勝館・ヨコギン・紅座・かもめ座、川崎の銀柳館。本なら古書店や図書館でさがせるが、映画はそうはいかないところがツライ。加藤泰の「懲役一八年」「みな殺しの霊歌」なんてどこで見ることが出来ようか、前田陽一の「あゝ軍歌」もそう。成瀬巳喜男「流れる」、見たいですねェ、銀幕で。
名画座のない街は古書店のない街と同じでどうも寂しい、街の景観の均一性については今さら触れないまでも古き良き時代の一角を作れるならば名画座と古書店は欠かせない、古書店街と名画座街のミックスですね。それと安くてうまい洋食屋(蕎麦屋も欲しい)、雰囲気の良い落ちついた喫茶店か。
中高年の方々がくつろげる自分の居場所を街のなかに見つけることができるのだろうか。図書館だけではないか。
誰にも〈もう一度めぐりあいたい映画〉というものがあるのではないか、誰にも青春があったように。
思いつくままにそんなリストをぼくなりにあげてみよう。
「懲役一八年」(1967年 東映 加藤泰)
「みな殺しの霊歌」(1968年 松竹 加藤泰)
「あゝ軍歌」(1970年 松竹 前田陽一)
「流れる」(1956年 東宝 成瀬巳喜男
「放課後」(1973年 東宝 森谷司郎)
「女」(1948年 松竹 木下恵介)
「次郎長三国志」シリーズ(1952〜54年 東宝 マキノ雅弘)
「洲崎パラダイス 赤信号」(1956年 日活 川島雄三)
「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」(1975年 近代映画協会 新藤兼人)
*この勝手なリストは追記、増補される予定です。
〈横浜の方はご存知でしょうが「シネマジャック」が名画座として健在です、昔の名前は東映名画座だったと記憶していますが、いいプログラムを組んでいますよ。今どき貴重な存在。
「あゝ軍歌」は一度だけ大勝館でみせていただきましたが「ホンモノよりうまい」という声が客席から聞こえてきましたね、フランキー堺のあの場面で。笑いながらシンミリしながら、これが映画だという幸福感は映画館という器ぬきで語れないのではないか。〉
〈木下恵介の「女」については素通りできない。ぼくは幸運にも京橋のフィルムセンターで見ることができた。登場人物が男と女の二人だけ(小沢栄太郎、水戸光子)という何とも形容しがたいオール・ロケーションの映画。才気ということばはこの映画にこそ似つかわしいのではないか。ラストに近いところのドキュメンタリーの場面などは圧巻。
『私の渡世日記』で高峰秀子は同じ昭和23年の「酔いどれ天使」(黒澤明)が男の世界ならこれは「女の感性をムキ出しに」した映画だと高く評価している。
(「カルメン故郷に帰る」参照。)
この2本で番組を組んでもらって見直してみたいものだ。もうひとつ、木下恵介という監督にもっと光があてられてもよいのではないだろうか、まだ弱いという印象。
「すべての行動が単純明快、アッケラカンとしてとりつくシマもない」とは同じ高峰の木下へのコメントだけれどこの人物評は面白い。堅苦しい映画(監督)評論より示唆に富むことばが高峰の本に散りばめられている。山中貞雄の「人情紙風船」について「日本の映画界にペシミズムを持ち込んだ最初の作家だ」(「血染めのプロマイド」参照)と書いている。〉
話題が読書からそれてしまったが軌道修正をしないでこのまま進もう。
街に名画座があった時代、(と過去形で書くのはつらいけれど)いつからなのだろう次から次へと消えていったのは、あの頃は確かに映画館が学校だったと言い得た最後の時代だった。手元にあるもので調べてみた。
「東京人」(1999年6月 NO.141)に『名画座が東京から消えていく。』という対談が載っており、1998年銀座並木座閉館、1999年大井武蔵野館閉館とある、横浜はもっと前だったように思う。
対談(太田和彦 小野善太郎)では名画座ファンを自認する太田が「映画というものは新作をみるものだけでなく古いものも見ることが出来るように変わっていかないといけない」と言い、劇場支配人だった小野も「一館だけじゃ名画座はだめなんです、さまざまな映画館が新しい楽しい雰囲気で同時に存在しなければ広がらない」と語っている。
全く同感ですがこの対談から5年を過ぎ名画座の現状は少しは進化してきたのだろうか。DVDのラインアップが日本映画も充実してきているようで、しかも薄型で大きな画面(プラズマテレビというんですか)が普及してきて、これでソフトが安くなってくると個人で楽しむパターンに固定するんでしょうか。現実はそうした指向のようです。いつでも見ることが出来るヨ、という安心感ね。ただ、ぼくは20世紀をゆったり振り返ることができるようになるいつの日か、劇場で名画をみることが復活するのではないかと思っている。根拠はありませんがミニシアターのもっと小さい劇場スタイルか?
並木座といい大井武蔵野館といい名だたる名画座が20世紀末に閉館したことは象徴的なことではないか。〉
〈テレビでなつかしのあの歌、映画をリクエストを募って聴かせたり放映することがありますが集計して多い順にという発想が困っちゃうんだよね、本来私的なものなのに。
少ない順に価値をつけるという取りあげ方もどこかに入れてほしいもの。否、思い入れは平均化したり量に還元できないから替えがたいものというのが正解なのかもしれない。〉
結局、ビデオ店にあたるしかないではないか。スクリーンではなくTVの画面でしか見られない、というのはやはり衰退ではないか。どうにかならないものでしょうか。NPOあたりの活動に名画復活、名著復刊を期待するのは見当違いというものでしょうか。公共図書館もビデオ(DVD)ライブラリィを充実させていって本格的なコレクションを進めてもらいたいもの、現実はまことに貧弱ですよ、邦画については特に〈ないものねだりか〉。
こういう事態で、たかが映画じゃないか、はシャレにもならない。 これは言うまでもなく正しくは文化の問題ではあります。