1


高島善哉 a.その魅力
高島善哉という社会科学の先達がいた。 1904年生まれ1990年没、最後の著書は『時代に挑む社会科学』(1986年 *岩波書店 『高島善哉著作集』第九巻 こぶし書房)、82歳の時になる。
〈ただしその2年後「一橋論叢」(1988年10月)に「イデオロギーとは何か」を発表している。その翌年には対談にも参加している(後述)。〉
高島善哉は敬称ぬきで書くことはとても抵抗がある、ぼくにとっては高島善哉先生とするべきなのだが全体の統一をはかるためにあえて先生をはずした。もっとも今まで綴ってきた方々すべてとこれから登場する人たちについても気持ちのうえでは「さん」づけなのだが。
師の思い出を語ることはもちろんその作品についても触れることはタメライがある。たかだか社会科学のイロハをかじった程度でエラそうなことはいえない、禁欲の精神というブレーキがかかってしまうのですね。しかし、これでは先へいけない、思いきって跳んでみよう。
いかんせんこの世界についてのノートは生硬になることを避けられそうもない、つい構えてしまう、それはちょっとやそっとではラチがあかない専門分野に入り込むからで素人が気軽に立ち入る場所ではないという恐れからだ。だからこのノートから外そうとも考えたが、ぼくの実感に照らしてみるとどうしても外せない。「とてもかなわない」人たちの正面に立ちはだかる存在なのです。しかたがない、門外漢から発した疑問の数々を綴ることで精一杯というところだが学生時代に戻ったつもりで書き進めてみよう。純粋培養型の社会科学入門としておつきあいください。
ぼくが高島を知ったのは『社会科学入門』(岩波新書)の著者としてだったように思う。探求心を誘う文体というべきか高島の著作は語り口調でわかりやすく、何がどうしてどのように問題なのか、を読み手に意識させ、問題にたいしての切り口を自ら示してみせる。通説を鵜呑みにしないで噛み砕いていく態度に魅了された。与えられたものから何かを課題としてこなすのではなく、テーマを自分でみつけ自分の足で歩いていく生き方としての学問の魅力を感じさせた。 社会のなかの自分が置かれた位置を時間的に(歴史的に)見ること、ヨコ軸とタテ軸の交叉している十字路が私の置かれている位置であること、社会のなかの人間は誰しも十字架を背負って生きていること、に眼を啓いていただいた。初心者向けの講義のなかでも確かにその一言ひとことが根を下ろしリアルな手ごたえを感じさせた。
あれから30余年を経た今、繰り返し読む本のなかに高島が入ってくるのは創造の魅力に惹かれるからであり、自分の頭で考えていくことをその平易な語り口から習うことでもあるのだと感じている。原点(典)につけ、という教えは研究の基本であり創造の出発点ではあると分かっているにもかかわらず険しい山頂を仰ぎ見ただけで眠ってしまう。だからぼくにとって高島の存在は自分の手で根っこを掘り下げ植えつけていく態度に何よりも魅了された。
高島社会科学の創造の魅力は独自の「ことば」として示されてもいる。本来の自然、人間的自然、社会的自然の構造、局面、状況、体制の構造、経験的自然法、など高島独自の用語は魅力に満ちている。社会科学の基礎理論として思想の磁場から科学へ探求の針を降ろしていく「方法態度」など理論と思想、科学と世界観、の切ってもきれない結びつきを言い得て妙です。
〈こう書くと難解でしょうが著作集にあたってみれば納得できるのでは、ついて行けます、一緒に問いかけ探っていく感じですね。〉
視点を定め、ある方法にそって探求の歩をすすめていく態度を高島善哉は「方法態度」という言葉で表現し思想と理論を結びつける「ことば」として多用している。
〈科学を持たない思想、思想のない科学を戒める高島の考え方はたとえば『社会思想史概論』(岩波書店 終章)に詳しい。「市民社会派」としてよく引き合いにだされるのは高島、大河内一男、大塚久雄、丸山真男、内田義彦、平田清明である、がこの終章で高島は大塚、丸山(さらに清水幾太郎、務台理作)を批判している、一つに括りきれない高島独自の視点があるのではないか。〉
近代イギリス思想史のホッブズ・ロック・スミスに代表される経験的自然法にそのモデルを見ており、単なる思想だけではなくまた理論としての理論でもない、双方を含み近代の社会科学観成立の梃子として位置づけている。
〈自分で綴りながらこの辺り、つまりどっちでもなくどちらもというところが簡単なようで複雑、「主体―客体の論理」なんて言葉も高島にありました。「本当に客体を掴まえなければ個(主体)の確立はありえない」、青年にとっては哲学的な言い回しが内に響いてきてこれまでのとっつきやすいけれど生ぬるい人生論の虚しさを噛みしめた思い出があります。
例えば『実践としての学問 日本的知性批判のために』(*第三出版)参照。〉
ちなみにぼくは『マルクスとヴェーバ』(*紀国屋書店・『高島善哉著作集第七巻』こぶし書房)が高島の社会科学的断想として入門書としても専門書としても魅力を感じている。分からなくてもついていけそうなところが、また引っぱっていく力を感じさせるところが気に入っている。視野の広さも魅力です。