いいでしょ、これ 4
「われわれは、いつから、こんなにもおしゃべりになったのだろう。しゃべらないと損だとばかり、だれも彼も、まくしたてる。半分は空虚な、どうでもよい言葉だ。」そう記して小津安二郎や溝口健二や成瀬巳喜男の映画はムダ口をたたかず寡黙だったと続け、「手アカにまみれた言葉を、洗いも磨きもせず、汚いまま放り出すように遣う作者が多く」書物もまたしゃべりすぎの批判を免れないと綴る。引用は「たとえばの楽しみ」(講談社文庫 出久根達郎 2000年 単行本は1996年)から。
3・11以後当サイトが最初に開いた本は武田花の写真エッセイでしたが出久根も先の文章に続けて無音の写真集に耳を傾けたくなるとして武田花の「猫」(中央公論社)を取り上げている。その描写が素晴らしい。ほとんどがうす汚れた野良猫ばかりの本ですがこう描く。
「なんというか、非常に人間くさいのである。彼らのいる場所が、人間世界の裏側、ガラクタ置き場とか、台所のゴミ箱のかげ、アパートの非常階段の下、路地裏などであることに理由がありそうだ。人が、人目に触れられたくない部分だから、むしろ人間生活のにおいが、色こくただようている。・・略・・/猫が人間らしいのは、まだある。表情である。豊かな表情、これは現代の人間から失われたものの一つだ。饒舌(じょうぜつ)とひきかえに、言葉以上に多くを表現できる、顔としぐさをなくしてしまった。・・略・・/私たちの社会は、猫社会よりも味気なく、面白くなくなってしまったのではないか・・」(引用は前著275-276ページ カッコ内はルビ、/は行替を示す)。
出久根の本についてのエッセイはどうってことのない、誤解を恐れず云えば「雑本」がていねいに取り上げられていて嬉しい。珍しい本や入手の難しい本、話題の作家や人気の写真家の本じゃなくても楽しみはゴロゴロころがっている。いくつかをメモしておいた。タイトルの次が出久根の評。
「たまらなく日本人─ツアコンは見た、おかしくも愛すべき人たち─」(講談社 柳沢正)。近頃こんなに面白く読んだ本はない、すぐれた日本人論だ。
「赤塚不二夫120%」(アートン)上質の古典落語。
「京都で、本さがし」(講談社 高橋英夫)。「気合い読み」「気合い買い」という言葉と自分と同じ顔をこの1冊に見つけた。
「きみの知らないところで世界は動く」(新潮社 片山恭一)。興奮した、十代の自分がここにいる。
(以上頭から順に3冊は「風がページをめくると」(ちくま文庫)から、4冊目は前掲書)
「気合い買い」というのはいいですね、どうしようかと迷いあれこれ思案して〝ウウム買っとこう〟とレジに進むあの嬉しいような情けないような瞬間。
さて、当サイトも1冊あげておきたい。毎年8月になるとこの本と著者を思い出す。「へんろ曼荼羅(まんだら)」(早坂暁 創風社出版 2005年)
。、猫、渥美清、江戸家猫八、春子、広島・・・一度読んだら忘れられないエピソードが埋め込まれている。野良猫のことを早坂は自由猫と呼ぶのだが渋谷の公園通りを根城にする猫たちは早坂と長いつきあいがある。早坂は言う、「たとえば猫は、自然が人間の脇の下にさしこんだ体温計のようなものかもしれない。猫への扱い、猫への思いで、その街の人間たちの、心の熱が分かるのだと思う。」(前掲書 111ページ) 都会に猫も鳩も鳥もいない、人間だけしか生きものがいないとしたら、こんな淋しいことはない、猫も鳥も自由に生きていける街でなければ人間だって生きていけない。
今の季節に毎年この本を開いてみて忘れていたことが多い事に気づかされる。<8月24日>

「美しい書物」─栃折久美子
帰ってきましたよ、栃折久美子が。いったい何年待ちぼうけをくったことか。「森有正先生のこと」(筑摩書房)は2003年だったから8年を過ぎている。去年お客さんから栃折久美子の近況がインターネットにでていることを教えていただき健在であることは知っていたのですがもう本を出すことはないのかな、そんな感じで受けとめていた。
きっかけは週刊文春の1月26日号、読むともなく誌面を眺めていたら栃折久美子という文字が目の端に見えてくる。なんだろうと思って目をとめると「美しい書物」という本の写真がある。こういうタイトルはこれまでの栃折の作品にはないはず、とすると・・・。頭から読んでみた、酒井順子という方の「私の読書日記 以前の本と、今の本」というページ。学生時代に国語の教科書で読んだ「モロッコ革の本」が唯一記憶に残っている、だから書店で栃折の「美しい書物」を見た時は迷わず手にとったとある。次いで「モロッコ革の本」も取り寄せ夢中になって一気に読んだという内容。むむっ、出たんだ新刊が! すぐ書店にかけつけたのは言うまでもないこと。みすず書房の「大人の本棚」シリーズの一冊として「装丁ノート」と「製本工房から」を中心に再編集した本ですが初めての文章も収められている。今までの本に関するエッセイを集めたものだから新しく書き下ろしたものではない、しかしそれでも嬉しい。遠くに退いていた栃折久美子が帰ってきた。
酒井が一気に読んだという「モロッコ革の本」、そうでしょう面白いでしょう。こうして栃折久美子の新しい読者が増えていくんだ。で、当サイトもまた改めて読み直してみた、単行本と文庫で少なくとも2度ほどは読んでいるから新鮮味に欠けるかなと思いながら。
こんなに瑞々しい本だったか、久しく忘れていた。名著ですねこれは。当サイトがルリュールの真似ごとをしたのも元はといえばこの本の影響で確かに印象は強い1冊でしたがその後の「装丁ノート」の明晰でクリティカルな文章と本の美しさにまいってしまいデビュー作が遠のいていったようだ。しかし、著者は永遠に処女作に還るということば通りこの本には栃折久美子のすべてが詰まっている。登場する方々がいいですね、おしゃべりな人間国宝とでもいうべきチェケルール先生、せっかちなベルフロワ先生、慎重でゆっくりなリリアン、働き者でとびっきりおいしいパンをだしてくれるホテルのバアチャンまで陽気で律儀な人たち、ブルュッセルの街も人も懐かしい匂いでみんなまっすぐ前を向いてゆっくり歩いている、そんな雰囲気がこの本に漂っている。しかし、栃折は観光で訪れたのではない、遊び半分だった留学だったのにスイッチが入る。「ここへ来るために今まで生きてきたような気がする」(集英社文庫 141ページ)とまで書いている。栃折は何を見たのか。
少し引用しておきたい。「本のケースを、大きすぎず、かといって振っても出てこないなどということがないようにつくることがどんなにむずかしいか。一点制作のルリュールよりはるかに許容範囲の広い量産本の場合でも、ちょうどいい大きさのケースはめったに見られないほどだ。」 ところがチェケルール先生の作ったケースは─。「先生がケースの背を下にして机の上に立て、口元に本を持って行って手を放すと、本は何秒かかかって静かに入ってゆき、最後にことりと音を立ててケースの中に収まった。それを手に持つと、斜めに傾けるだけで本が出て来る。その仕事の厳密さ、精度に私は驚嘆した。」(前掲 87-88ページ) そしてこうつぶやくのだ、「あれが人間のつくったものか。チキショウ。」(同 92ページ)
スイッチが入ってメラメラ炎が燃えあがってゆく、天才が天才と会う場面のスリリングなこと。
栃折の留学は1972年のこと、その記録が1975年にでた「モロッコ革の本」(筑摩書房)。栃折の最初の本。はじめて手にする方はこの本と「装丁ノート」(創和出版 1987年)を図書館などで手にとって見てほしい。指の感覚を通して知るということばが栃折の文章によくでてきますがその志がどこに向けられているかが判るのではなかろうか。「モロッコ革の本」は「本が本であるためにどうしても必要なものはそろっているけれど、余分なものはひとつもない、そんな本をつくらせてください」(「装丁ノート 製本工房から」集英社文庫 126ページ)と版元にかけあって出来た本。「装丁ノート」は「・・・五号活字を一本ずつひろって組んだ活版印刷、糸かがり、見返し紙なし、別丁扉なしの本」(単行本「装丁ノート」185ページ)で余白をたっぷりとったレイアウトも美しい、これが本なんですね。栃折が学んだルリュールと書店に並んでいる本とはまったく別で前者は一点制作の美術工芸で後者は量産本、ルリーュルについては三冊の技法書がでているからいつでも始められます、当サイトが試みたときは〝何だよ裁縫の時間かよ〟と嘆きながらもやりだすと夢中になってしまった、お金もかからないしね。触ること、指の触感、糸でかがるということがこんなに緊張を強いられるものかとも感じた。美術工芸と量産本はまったく別の装丁のあり方とはいえ一点重なるところがあって物(あるいは実用品)としてどうなのかという見方。栃折が伝統工芸のルリュールからはみだして一般の本にあれこれ注文をつけるのはここのところに関わる。
こういう本を見ると我慢がならない
そう栃折は記している。曰く、両手で押さえていないとバタンと閉じてしまう本、ノドが開きやすいように押したり広げたりすると背がパカッと割れてページが外れてしまう本、書店で目立とうとやたらお喋りで自己主張ばかりするブックカバー。質のいい映画を見続けていないと観客の鑑賞能力は確実に落ちるといったのは確か黒澤明だったと思いますが無線綴じばかりの本に囲まれてそれが当たり前になると開きのことなど気にしなくなってしまう。私たちはすっかり鈍くなってしまった。当サイトも前述の「モロッコ革の本」を見てもすぐには判らなかったくらい、どこが違うの、フツーの本じゃんで通り過ぎてしまう。あぶないあぶない。しかも新聞、週刊誌の書評や紹介で本の話題は頻繁にページが割かれても栃折の<装丁時評>に匹敵するものにお目にかかったことはない。読書家やマニアなら事情は違うかといえばこれがまた頼りなくて面白ければよし、洒落れたデザインだからいいんじゃないで一件落着してしまうし、マニアになると読むことより希少本を所有することが問題で他はどうでもいいという方向で閉じてしまう、そんな傾向が強くなってきているのではないか。拡がるのではなく逆に自己完結して安住するパターン。けれどもそんなに希少、キショウとお題目を唱えているのならいっそ自分だけの本を持てばいい、世界で一冊の本。ルリュールへの道までほんの少しでしょう。栃折はこう断じていた、「希少価値をねらってつくられた本は品位に欠ける」 続けて「そういう本を持ちたがる人も例外ではない。」(前掲 243ページ)  こういうところが潔いでしょう、真っ当なことをちゃんと言う大人が減って<オトナは本を読まなくなりコドモっぽい国になってもうた>というのは田辺聖子のことばですが。栃折の「美しい本」たちは本を視る私たちの眼を旋回させる力をもっていると思う、さてスイッチが入るかどうか。 <2月3日>

しあわせのカタチ 脚本家・木皿泉 創作の〝世界〟
有難いことにこれまたお客さんから木皿泉のドキュメントの録画DVDを送っていただき「しあわせのカタチ 脚本家・木皿泉 創作の〝世界〟」を見ることができました。ありがとうございます、見終わってすぐ宝物になりましたよ。もうよくてよくて、大福さまが降りてきたような感じです。テレビの仕事をしている方々なのにまったくギョーカイぽい感じがしない普通のご夫婦というところがいい、書物ばかりに囲まれてふたりが本に目を注ぐシンとした静かな時間、風通しがよい部屋でお金がなくて夫婦仲もおぼつかなくなっております、豊穣の神よなんて大黒さまに手を合わせる姿もおかしい。ドキュメントのなかにドラマを組み込んで創作の過程を捜索するという流れ、考えましたね。好きなものを見つけるということはこんなにシンドイ作業と時間の積み重ねから産み落とされるということなんでしょうね、きっと。圧倒的な読書からカケラをひろいあげ断片を発酵させ創りあげていく何とも手間ひまかけたドラマづくり。ポンとだされた日常とか普通の生活とかの細部のひとつひとつがこれほどキラキラしたドラマも確かにめずらしい。一部の女性たちに熱く支持された「すいか」では新聞にもそんな声がとりあげられていました。記憶に残っているのが職場の話題は恋、金、男のハナシばかりでうんざりだ、でも話の輪に首をつっこんでしまう自分にもうんざりしてる、ドラマを見ると普通の生活の幸せを感じさせてくれてこんな私でも歩き出せそうだという内容でした。居て良し!ですね。色あせないでしょうね、木皿ドラマは。のんきに好きなことして暮していくことが過酷なほどに難しくなって立ちすくんでしまう。そんな時代に射しこんでくる懐かしい光、同じ体温の人たちがいる場所があるというだけで深呼吸できるもんね。確かに奇跡です。 <2月3日>

△新年明けましておめでとうございます。
最近、古本屋さんの店仕舞いを何件も目撃する、そのたびに胸の中に冷たい風が吹き抜ける。1年ほど前にもこの街に話しだすと止まらないおやじの古本屋があったはずと思って古い街並みが残るその駅で途中下車してみると、ないのだ。ご近所さんに聞くと「なくなったのはもうだいぶ前だよ」と返ってきた、残念だねぇ。いろんな理由があるのでしょうがどうでもいいような雑本の身の置き場所がどんどんなくなり軽視されていく、何だか古本と中高年の姿が重なってくる。ヤケや皺、擦れや変色、疲れたカバー、おじさんおばさんの表情に近いではないか。でも年老いた顔やことばに思わず膝を打ちたくなるような味わいがあるように雑本のなかにもキラッと光る私だけのお気に入りが隠れている。そんな一冊を見つけるのが無類の楽しみという方も多いと思いますがそれには時間と空間が必要だ。世の中ついでに生きているようなのんびりした古本屋さんが姿を消していくのは店が一軒なくなるという以上になかなか埋まらない喪失感を感じさせて情けなくなる。当サイトは無店舗ですが古本は棚を眺め手で触れることができる店で出会うのがやはり愉しい。ご近所に古本屋さんがあるのであれば、ぜひたまには覗いてみて欲しい。
本当の読書を支えているのは流行りの本や作家ではないし嗜好品にもならないありきたりの、しかしどこかコクのある雑本ではなかろうか。データと数字ばかりで世の中が動いていると思い込んでいる幼稚な文化をあざ笑い見向きもされない端っこに目を注ぐ時間。すそ野がどんどん狭くなるのは人が息をつける場所が追いやられていくようなものではないかと思う、今でもたくさんの古本は眠っている、眠り続けて手にもとってもらえない古本がじっと待っている。

△前々回の高峰本特集で1冊だけですが岡本喜八をいっしょに取り上げたのですが2011年の師走に高峰の「わたしの渡世日記」が新潮文庫から刊行され、同じく岡本喜八も文庫オリジナルでちくま文庫(「マジメとフマジメの間」定価1,260円)から棚に並んだ。岡本の本は単行本の文庫入りではなくあちこちに寄稿されたものをひろい集め編んだ特別のもの、こんな編集者がいるから世の中捨てたものではない。東宝撮影所で同じ空気を吸い主演女優と助監督(岡本は昭和18年に東宝に入る)として同じ世代が日本映画の黄金時代を支えてきた。岡本の本は絶版品切れがほとんど、高峰の好きな裏方さんがもう一度返ってきたようで嬉しいことだ。岡本にはご自身も書いているように「少年」の顔がありますね。 <1月3日>

いいでしょ、これ 3
『向田邦子TV作品集』(大和書房 全10巻)に付けられたた「月報」です。このシリーズはまれに古本屋でも見かけることがありますが月報がないものもあり、図書館でもこれが付属していないで保存されていたりする。この「月報」がとにもかくにも良くて、読むたびに発見があったりして今読んでも新鮮そのもの。まとめて通読していくと追悼録になっている。月報だけ揃えて糸でかがってみようとコピーしたりして資料の収集に努めているのですが未だに頓挫したまま。どこかの出版社で月報だけまとめて刊行してもらえんだろうか。
シナリオ集はこの大和書房版を底本として岩波現代文庫で刊行されていますから入手しやすくなったからありがたいことだ。ただ、大和書房版は向田が選んだ作品であり、向田が持っていた台本で本文の組み方までいっしょに検討したとあるようにいわば向田が編集に関わったシナリオ集(「月報8 編集部だより」にシナリオ集生誕の経緯があります)。ただ月報については向田と編集部との間にどういう打ち合わせがあったのか記録がない。後に同じ出版社からでた山田太一や早坂暁の作品集には月報はないから、あるいは急きょ追悼の意を込めて作成されたものかもしれない。
向田邦子とその作品について語るどの執筆者もいい。谷川俊太郎はドラマ「幸福」のタイトル・バックに流れるアン・マレーの“YOU NEEDED ME”に注目している。
えっ、そんな歌がこのドラマにつけられていたんだ。向田の指定でしょう。前にこのシナリオはそれこそドキドキしながら読んだものですがこの歌がタイトルバックに流れていたとは気づかなかった。歌詞にあるディグニティを谷川はよく訳されるような品位、尊厳というより「その人自身が自らに課しているその人のものでしかあり得ぬ生きる姿」(月報2 2ページ)と書いている。「幸福」は覇気がない青年と彼を取り巻く人間模様を描いたもので不思議な時間が流れている。これといった事件が起きるわけでもないのですがキラキラした一瞬を胸の底に秘めて遠くを見つめる佇まいが屈折した波紋を広げてゆく。後半に流れ込むあたりになると鳥肌が立つ、今度読み直しても同じでしたね。<誰かに必要とされることが私を生かすという平凡な心理>を翳のなかですくいあげていく向田のシナリオは天才というほかない。アン・マレーの歌は登場人物ひとりひとりの日常のなかでも奏でられ、また逢いたくなる人たちばかり。大人になるってことは辛くて苦しくて「歳月」を抱きしめて生きていかなくてはならない時さえある。向田邦子という人はこんなにオトナだったんだなアと気づかされる。
さて、注目の一冊。鴨下信一の「名文探偵 向田邦子の謎を解く」(いそっぷ社 定価1,680円)がでています。あとがきで向田邦子は本当には読まれていない、色眼鏡で読まれていることが多いのではないかと記している。同感。 <8月3日>

△ あれこれ迷っている私たちの背中をポンと叩きそっと押してくれるような、そんな気分にさせてくれるいい文章でした。偶然手にした『小説新潮』(平成23年5月22日号)の巻頭エッセイ「挽歌、ひとつ」(沢木耕太郎)は追悼・高峰秀子です。高峰秀子という人の輪郭をくっきりと描きだしている。
高峰はごひいきの一人に<私>を選んでくれた、「しかし、その高峰さんには、いつも叱られてばかりいたような気がする。」と書き、それは会っているときよりも手紙のやりとりにその印象が強い、と続けてこう記す。「・・・高峰さんの手紙は、なんとなく、肉親からのもののように思えることがあった」(以上、引用は16-17ページ)。著者と高峰の年齢差から見れば姉ではなく母、あるいは義理のおばさんでしょうか。本文にあるように「映画評のようなもの」を書いている沢木に向かって〝あんなことをしている暇があったら〟もっとキチンとしたものを書けなどということばには凄いこと言うなァと驚きました、高峰でなければ言えないし高峰だから言えたんだろうと感じましたね。叱咤激励のつもりなのでしょうが心とともにことばを投げかける限り高峰のことばは胸に沁みてくる。こういうところを読むとつくづくかなわないなァと思いますね。
結びのところで高峰ならこう言うだろうというヒトコトをあげています。当サイトも、そうだ、高峰秀子ならそう言うだろうな、と納得しました。ここで引用するよりぜひ本文全体のなかで追体験してください。
サバサバか、そこに少し笑った高峰の顔が浮かんできませんか。世界の喪失感から離れて私たちはたどたどしくても歩るいていかなくては・・・  <5月12日>

△こんなに早く「高峰秀子との仕事」(新潮社 斎藤明美 平成23年4月20日 1と2の2巻本)が刊行されるとは思っていなかった。キネマ旬報の高峰秀子特集号でもこの著者の名前はなく、〝今年はないな、来年か再来年あたりに本になっていればいいか、待っていよう〟と思っていただけに驚いた。
巻頭の「まえがきに代えて」が新たに執筆されている。読者としてはこの章は少し辛いページですが著者はどんな思いで綴ったのか。ムリをしたんじゃないか、もっともっと先でも良かった、そう思うのは当サイトだけか。「私の世界は崩壊した」とまで著者は書いている。胸に突き刺さることばだ。
本文にあるようにこの本は誰が何と言おうと<私>は高峰秀子を書きたいのだという強い意志で貫かれている。烈しい本です。ごく稀に前著「流儀」の読後感で〝思い込みが強すぎて・・・〟という感想を目にすることがあって、そういう感じ方もあるのかと思ったものですがど真ん中に剛速球を投げ込む清々しさと、そんな自分にハニカムようなところがいいのではなかろうか。「いっぴきの虫」の杉村春子と高峰の関係が重なるような感じかな。(注1) 今の時代はクールに構えていることが余裕のある洗練されたスタイルで思い込みが強い断定口調には窮屈でついていけないヨというような風潮もあるのだろうか。けれど思い込みを「烈しさ」と読み変えてみたい。〝黙って思う〟とか品の良さだとか、偽物を拒絶する気持ちとか、それらを持続させるためにはどうしても烈しさが必要ではなかろうか。つい最近も鴨居羊子の文庫本を読んでいたら「愛とは傷だ。」と書いてあって、こういうことを言った人は今までいるのだろうかとその箇所で時間を止めたのですが傷をもたない人間なんているわけがないから、傷をキズとして認識することからしか始まらない。鴨居羊子は正直な人だ。(注2)
しかし2011年、私たちは癒しきれないほどの傷や痛みを見てきている。高峰がよく言ったという<今日という日は二度とこない>という一見平凡でひとつ間違うとお説教くさいことばもリアリティをもって私たちに迫ってくる。家族や友だちや小さな子どもたちや普通の時間が今までとは違う風景に見えてくる、そんな痛みの時間を分かち合うことなく一歩どころか半歩もすすめない。高峰がどんな傷(捨てられない荷物)を背負いこんでいたか、痛みが判るということはどういうことなのか、私たちはそのことを著者と高峰に教えてもらった。そして本書から、奇跡って起こるんだということを知る。「あとがき」に〝物語〟ということばが見える。大女優と「一介の記者」がめぐりあい、仕事を通して「距離が徐々に変化」していく「不思議な、ある意味で常識はずれな、いわば〝物語〟である。」(2巻 249ページ) いつまでたってもオトナになりきれない娘と「かあちゃん、とうちゃん」の20余年にわたる幸福な物語。そんな「物語」を送り届けてくれただけでも、それもひとつの奇跡だと考える。よほどのことがない限り読み捨てられてしまう「高峰との仕事」のひとつひとつが再生されて松山・高峰ご夫妻のモノクロ写真まで蘇る。
高峰秀子の世界はそのすそ野をこれからゆっくり、さらに広げていくに違いない。
(注1)杉村対談の冒頭から高峰は「惚れる」と繰り返し語っている、そして杉村に聞き流してくださいと断りながら、杉村と同じ時代に生きていることに幸せをを感じる、「そんなことを考える自分が純情で、うれしくなっちゃうの・・・」(角川文庫144ページ)と話すのだ。健気というほかない。高峰もこうと思ったらテコでも動かない烈しさがあって当サイトの好きな対談のひとつ。
(注2)「わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい」(旺文社文庫 引用は235ページから。)<5月1日>

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△前回の更新が3月11日でしたから随分間(マ)が空いてしまった。何だか落ちつかないような虚しいような重苦しい空気だったですね。
ラジオを聴いていたら永六輔がカッコいいこと言ってました。〝今、タレントや著名人たちが募金活動をやっている、それはそれでいいことなんだけど来年もやっているか、再来年はどうかと考えていくとどうだろうか? ボクは(来年、再来年立ち上がろうという)そっちの立場に立ちたい〟そんな趣旨でした。

東日本を襲った今度の地震災害、それはむきだしのカオスがこの国を被った。街をさらい家族を引き裂いた。3・11以前と以後では吹いている風が違う。誰もがそう感じている。日常とか普通の暮らしとかそんなことばが新聞でも目につく。日常と言うのは「明日」を包みこんでいると気づいたのも震災以後のことではないか。そして「今日も、どこかに、大切な人を失なって、もう涙さえ出ない人もいる。」(Q10シナリオBOOK 438ページ)ことを私たちは現実のこととして見ている。何度もなんども3・11に、これからも押し戻されることでしょうが日常の足ならしくらいは始めようか。そんな気分の時はお気に入りの本がいいかな。手にしたのは武田花の「イカ干しは日向の匂い」(角川書店)。
カメラをぶらさげて足の向くまま平凡な風景に身を置いた武田花の日常切抜き帖。そこには街のにおいや路地のひんやりした空気、ぼんやり寝そべっている猫や商いのくすんだ看板が揺れている。子供の頃の「兵隊ごっこ」(同書108ページ)なんてバカバカしくておかしくて、まったく何やってんだか。娘に花子二等兵!と号令をかける父ちゃんにビビリながら嬉しそうに演じる娘、それを見ながらコロコロ笑っている母ちゃん。オトナになった花子二等兵は今度は猫に号令をかけるのだ。
この本に流れている時間がたぶん、好きなんだろうと思う。人も自分も風景も世間も少しずつ移ろって変わっていく、そんなに急ぐことはない、過ぎゆく時間に委ねよう。一見軽そうなこの本ですが普通の年季が違うぜ、コマ切れな時間しか体験していないと<保留という発想>がでてこないと言ったのは木皿泉(「二度寝で番茶」)でしたが思うようにいかないとき、行き詰まったとき、何をなすべきかで逡巡するとき、時間が支えてくれる。本にはそんな時間が流れていて一時身を寄せることができる。<4月3日>
△「最後の日本人」という星がまた消えてしまった。「婦人画報」4月号に佐藤忠良の<図画工作の時間>というページがでていて仕事の合間に作ってきたブローチが紹介されている。ホッと一息つける記事でした。安野光雅との対談集「ねがいは『普通』(文化出版局 2002年)はわが家の家宝のひとつ。絶版品切れのようですがもうすぐ中公文庫からでますよ。
<4月3日>

現代詩手帖  K1-32 追悼特集 茨木のり子 思潮社 2006(平成18)年4月号 C:B ¥1,000
東京人  K1-31 特集 やっぱし、落語だ! 1994年 9月号 都市出版 C:B ¥500 
植木等デラックス編  K1-29 植木等のみなさんおそろいで  FunHouse 1992年 C:B ¥1,300 
徳川夢声 K1-28 徳川夢声の問答有用 朝日文庫 昭和59年 C:B ¥1,200(3冊揃い)  
連野城太郎 K1-25 GOTTA!忌野清志郎 角川文庫 平成元年 C:B ¥1,300
勝新太郎  K-17 泥水のみのみ浮き沈み 勝新太郎対談集 文藝春秋 1994年 C:B 帯 ¥1,500 
堀内誠一  K-15 父の時代 私の時代 わがエディトリアルデザイン 日本エディタースクール出版部 1979年 C:B ¥1,500  
和田誠 K1-10 似顔絵物語 白水社 1998年 C:A 帯  ¥500 
色川武大  K1-3R 色川武大の御家庭映画館 双葉社 1989年 C:B ¥1,000
備忘録のようなもの
伊藤雄之助 A1-922R 大根役者初代文句いうの助 朝日書院 昭和43年 C:B カバー欠 
¥1,500
スタイル B4-931 今月の特集 東京ラヴ・ストリー 春のデザイン集 スタイル社 昭和27年5月号 C:B ¥1,200
もうひとつの特集は「颯爽たる二人連れの愉しさ」で佐田啓二・桂木洋子 池部良・越路吹雪らのグラビア頁。きもの読本の対談は高峰三枝子・山根寿子。
東京人 B4-213 特集 神田神保町の歩き方 part2 2000年2月 都市出版 C:B ¥400
宮武外骨 C1-351 面白半分 河出文庫 1996年 C:B ¥400
高峰秀子 忍ばずの女 潮出版社 平成6年 C:B ¥1,600
1994年の11月号「ハイミセス」という雑誌で高峰秀子×石井ふく子 「対談『忍ばずの女』を語る」が掲載されている。高峰が書いたシナリオの主人公は石井ふく子の母であり下谷の売れっ子芸者と鳴らした君鶴。この女性について高峰は「今、この世にはそういう人は絶対存在しないほど魅力的」でどう魅力的なのかは説明のしようがないといいながらその魅力のありかを石井と語る。さて、この本は高峰が演技について綴った奥義の書、しかし広く受けとめれば佇まいの、あるいは人が人の中である距離を置いて生きていくことへの考察でもあります。高峰は書いている、「・・・『張り切る』『頑張る』という、なんとなく下品な言葉も私は大嫌いである。」(53ページ 太字は強調符) なぜ下品なのか? なお、ハイミセスの高峰秀子×石井ふく子対談をお読みになりたい方はコピーのコピーになりますが送付のときに同封します。
高峰秀子 B4-6R 瓶の中 文化出局社 1972年 C:B ¥2,800
山路ふみ子 A1-940 命あるかぎり贈りたい 山路ふみ子自伝 草思社 1994年 C:B ¥1,000
「私は身長百六十センチ以上ですので、当時の女優としてはとてもノッポだったのです。のちに日活からまた新興キネマにもどったとき、新興の女優のノッポ三羽鳥として一に入江たか子、二に私、三に山田五十鈴と並び称されたほど」(42ページ)、怪優 高瀬實乗、東海林太郎、溝口健二らの記録もあって興味津津。ウテナ化粧品の専属モデルでもあった。
田中徳三 シネ・ヌーヴォ編 A1-904 Respect田中徳三(ヌーヴォ映画叢書) シネ・ヌーヴォ 2006年 C:A ¥1,600
色川武大 B1-28R 唄えば天国ジャズソング ちくま文庫 1990年 C:B ¥1,200
久米明 A3-991 朗読は楽しからずや 光文社 2007年 C:A 帯 CD付(未開封) ¥800 
宮路おさむ B4-991 ど演歌マイ・ウェイ 廣済堂出版 昭和61年 C:B 帯 署名入 ¥1,000
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安井かずみの評伝(「婦人画報」)を読んでいたときに安井がTINAと同じ生年だと気づいた、1939年生れのTINAが2009年に観客を魅了したライブから訪ねてみよう。「愛は傷だらけ」(1992年 講談社)にTINAの客層は驚くほど幅が広いとある、若い人たちだけではなくお年寄りや子どもまでいる、しかも人種や国籍をこえてとにかく人類的なのだ。4の映像は観客の幸せそうな表情とともに最後の方のこんなことが起きるのかという映像には言葉がない。

いいでしょ、これ9 番外編

いいでしょ、これ8 番外編

いいでしょこれ2
1978年に文春文庫から刊行された田辺聖子の「イブのおくれ毛 Ⅰ Ⅱ」。週刊文春に昭和48年10月から昭和50年10月までに連載された時論的エッセイを文庫にしたものですが鴨居羊子のカバー画がいいでしょ。しかし、それだけではない。本文にある田辺聖子の鴨居擁護論が素晴らしい。東京の文化人だか有識者か趣味人だか知らないが鴨居バッシングがあったようなのだが敢然と反旗を翻した田辺の文章が何とも良くて田辺が鴨居に抱く想いが胸を打つ。鴨居羊子というヒトは「内気でシャイで恥を知る人である。」下着で有名になったことをあれこれホザく悪意ある人たちに田辺はこう迫るのだ。「羊子の絵を見ましたか。」「羊子の文章をよみましたか。」「羊子とひと晩、元町の『ギリシャビレッジ』でお酒飲んだこと、ありますか。」(引用は「イブのおくれ毛1」のなかの「遊び人と文化人」224-228ページから)。田辺がいかに鴨居羊子が好きか、その愛すべき人柄を大切にしていたか。そして、鴨居はどんな気持ちでこの文章を読んだのか。鴨居の画を見ながらあれこれ想像する楽しみまであるのです。
 <7月1日>

△ 少し前の新聞ですが「時薬」(ときぐすり)ということばを被災地の方々に贈りたいと高田敏子が書いていました(毎日新聞 3月23日 朝刊)。当サイトはひたすらラジオを聴いているのですが笑うことはもちろん泣くことすらフタをして過ごしている方々がまだたくさんいるようだ。まだ闘いの中の人たち。
時間は過ぎてゆくとしてもあの日以来何だかゆっくりゆっくり動いているような感じだ。立ちどまれ、振り返れといいたいのかもしれない。 <4月19日> 
<リンク先をあげておきましたがまたもや削除されてしまいました>

2012-NO.2  2月3日入荷
本は各掲載ページへ順次シフトしていきます。
表記は順に著者名・品番・タイトル・版元・初版の刊行年度( )に増刷の刊行年度を示す場合あり・本の状態他・販売価格。
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新着リストと備忘録のページ

△キネ旬で秋に刊行された「シネアスト相米慎二」を読んでいたらウズウズしてきて、映画芸術版「総力特集相米慎二」(2002年)をひっぱり出してきた。こちらは一周忌に近い時期での刊行だからのっぴきならない緊張感が誌面から伝わってくる。相米監督を語る役者(の卵)たち、上っ面ではなく<根っこ>のところで存在することを求められ、その期待に応えた少女や少年たちのことばの何と美しいことか。ほれぼれしますね。どうしてもこぼれ落ちてしまう雫のようなことばに圧倒される。深くてやわらかくてけなげで、キラキラした一瞬の積み重ねが厚い層になって少女(少年)たちをつつみこむ。いちいち名前を記しませんがフィルムに焼きつけられたその姿はずっと見続けていたい不思議な魅力を放つ。彼、彼女たちは何を相米から受け継いだのか? 決して色あせないあの季節と刻んだ少女は永遠に少女であり続ける何かを内に産み落としたのだろうか。 
△新聞を眺めていたら木皿泉が目に飛びこんできた。放送のこの1年を回顧した記事です、ある選者があげている今年のベストのひとつに木皿泉があるではないか、「しあわせのカタチ 脚本家・木皿泉 創作の〝世界〟」だって、そんな番組が放送されたんだ、あちゃア知らなかった。もう少し気づくのが早ければ再放送に間に合ったのに、それにも乗り遅れた。放送ライブラリィにはまだ入らないかな? そのうち聞いてみよう。それにしてもNHK・BSプレミアムで放送とは考えてもみなかった。見たいなァ。
2010年「Q10」が終わって早一年、あのドラマは「誰か助けて」から始まって「再生」で締めくくられた。「泣きつくしてもう涙もでない人たち」が世界のどこかではなくて私たちの近隣で起こった2011年、それは「普通の人たちが一番傷つく時代」の究極とさえいえるもの。「Q10」がそんな不幸を予言していたとは言わないけれど視線のずっと先にそんな世界の端っこは捉えていたと思いますね。「Q10」は、しかし、絶望で終わりはしなかった、そこからの復活、救いの詩を信じきったドラマだった。だから繋がってるんですね、今も。〝どうしようもなく関わっている世界〟(セクロボ)だったっけ。
△確か新潮社だと思いますが高峰秀子のムック本が来年早々に発売されるそうな、これまた楽しみですな、婦人画報連載時はあれだけ豊富な写真が掲載されていたのにそれらを集めるだけでも写真集が出来るのに惜しいなァと思っていただけに一冊に収められるとは有難い。さて、年内にもう一回は更新したいと思っていますが果たして出来るかどうか、一応意気込みだけはあるのですが。師走はどうにも落ち着かないけれどそれでも過ぎし日を思い起こすわずかな時間がトントンと胸を叩く、何もしていない休止符の時。 <12月22日>

△新潮社のPR誌「波」11月号に高峰秀子の「巴里ひとりある記」「まいまいつぶろ」の体裁が告知されています。2冊とも四六判ハードカバーで定価1,470円 11月25日発売予定とのこと。待ち遠しいですね。もうひとつ日活で100周年記念のDVDが順次発売されるとのこと、川島雄三の「洲崎パラダイス 赤信号」もリストに入っていましたよ。キネマ旬報あたりの広告(と記事で)で全体が判ります。  <11月6日>

△ページをめくる手が胸の高まりで震える感じ、「芸術新潮」12月号は「没後一周年特集 高峰秀子の旅と本棚」(定価1,400円)。新潮社の新装版「巴里ひとりある記」「まいまいつぶろ」に併走して彩りをそえたわけですね。そう厚くない雑誌ですが半分は高峰特集で占められる。当サイトがこの特集を眺めながらつきあげてきたものは高峰秀子という<生>が蘇ってきたという感覚。読み終わると世界が少しゆれたような気分に襲われましたが、本屋さんに着いたら大きくひとつ深呼吸をしてから手にしなくちゃね、この3冊はすごい。この気分は2008年7月号の婦人画報「27歳の高峰秀子を探して、パリへ(高峰秀子の流儀 特別編)以来のことだ。当サイトも来月、ということは師走ですが高峰秀子本特集の予定です。 <11月28日>


最初は天才JOSS STONEの登場です。いっぱいあるけれどリンク先をあげるだけと気楽に考えていたらホトホト迷ってしまい、師走に突入してしまった。相手は天才だし訪れる方の気分で自在にあちこち飛び回るでしょうからサワリをあげておくことにしました。このシリーズ<天才の系譜>はあと2回続きます。4番目は1時間ちょっとのフルバージョンですがよくぞあげてくれたと感謝感激、奇跡ですね。
1 http://www.youtube.com/watch?v=qHf5h746Ke0
2 http://www.youtube.com/watch?v=qe3NneFUYfk&feature=related
3 http://www.youtube.com/watch?v=vp0g2E-CFTc
4 http://www.youtube.com/watch?v=Q7y6N0Sx18k&feature=related
5 http://www.youtube.com/watch?v=aEEmpFisF1A

いいでしょ、これ 7 番外編

いいでしょ、これ。
山根基世の「ことばで『私』を育てる」(講談社文庫 600円)のカバー画は佐藤忠良のデッサン。この絵を眺めてみるだけでも手にする価値あり。単行本は佐藤忠良の絵は使われていなかったからどうしてだろうと思っていただけに文庫で甦ったことは嬉しいことでした。もちろんカバー画だけでなく本文もいい、当サイトは「じゃあ、またね」が忘れがたくつい何度も読み返してしまう。山岡久乃の幸せについての哀しみがたまらない。
ところでジュンク堂の検索で調べたら山根基世の本で入手できるのはこの文庫本1冊だけ、あとは単行本はもちろん文庫も全部絶版品切れ。この「ことばで『私』を育てる」が刊行されたのは1999年ですがその後新著はないようだ。「オール讀物」などで書いているのになぜでしょうね。(NHKという)看板が外れたからかな。
2010年9月号の「オール讀物」は斎藤明美と山根が並んでいて思わずホォと唸ってしまった、山根の「織田廣喜インタビュー 九十六歳、亡き妻と生きる」に続いて斎藤の「高峰秀子という映画史 少女スター時代(前)」が続くのだ。そして2008年9月号の「オール讀物」は人生の師・佐藤忠良を真正面からとりあげている。
 続く <6月1日>

http://www.youtube.com/watch?v=jYAcE7DKpmQ

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A1日本映画の黄金時代
A2昭和という時代
A3奇人・変人・天才
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B1とてもかなわない人たち
B2高峰秀子の本
B3対談の時間
B4イラスト・写真がいっぱい
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C1文庫の読み方
C2こんな文庫がいた
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当サイトに掲載している本は基本的に1冊限りなのですがごくまれにダブって入荷してしまい、在庫が複数になる場合があります。(状態が多少違うとはいえ)複数掲載するのも間のぬけた話でいっそ別枠で均一本として掲載したらと思い、「均一台」のコーナーを設けました。それぞれのページで掲載している表示(価格)を度外視してかなりお求めやすくしましたのでご利用ください(送料などお支払いや発送の条件は変わりません、これまで通りです)。

均一台


天才の系譜第2編はDONNA SUMMER(ドナ・サマー)、前回同様サワリだけのリンクですが途中切れとかリハーサルのものとかもありますのでご自由に跳んでください。

△PR誌「波」(新潮社)7月号に「高峰秀子の言葉 第一回」(斎藤明美)の連載が始まりました。タイトルのところに高峰のキラキラした瞳がほんの少し笑いそうな写真が載ってますね。自分のなかでその人が生きているということ、言葉が繋ぎとめるもの、その時の空気や匂いや表情や時間がいっしょに蘇る。過ぎ去った時間のなかでもう一回、そして何度も高峰秀子と逢える。この<始り>は大切にしたいもの。 <7月14日>

       

△(前承) 文庫判の「であいの旅」(文春文庫 1991年)の解説は佐藤忠良、タイトルは「─基世さん」。カバー画は単行本と違って「パステル画の茄子」。続いての文庫「歩きながら」は内館牧子が解説を書いていてこれがまたいい。山根基世は「ゆっくりした」女なのだ、と告白をまじえて描いている。文庫の解説は必ず目を通すというより、そこから読みはじめる事もあるくらいですがこの解説は絶品です。いずれの文庫もまだ古書店で安く入手できると思いますよ、探すのも楽しみの一つだから一年くらいかけて「ゆっくり」捜索してみたらどうでしょうか。そんなにかからないか。
△『「かあちゃん」との旅は続きます』だって、嬉しいじゃあないか、斎藤明美が始動しましたね。「サンデー毎日」6/26号の著者インタビューに掲載されています。新潮社のPR誌「波」で「高峰秀子の言葉」の連載が始まるとあります。いつからとかヤボなことは、(まだハッキリしていなかったから記していないだけかもしれませんが)聞かない。本屋さんに寄ってまだかな、まだかな、それがまた愉しいんだよ。 <6月21日>

 サイト内での人名については、敬称はすべて略させていただきました。予めお断りをしておきます。

△(前承) 「人生の師、佐藤忠良」(山根基世)と謳われた8ページの記事は佐藤と山根の出会いから現在までの交遊を綴っている。その人の背中を30年余も見つめながら師をもつことの清々しさが伝わってきて、どうにもいい味なんですね。「彫刻は立っていなければならない」という佐藤忠良文法を私なりに理解するのに20年かかったとあります。いつだったか新聞で今の時代はインターネットですぐ答え合わせができてしまう、そういう癖をつけてしまうと<私>の眼が育たないと精神科医の方が書いていましたが、ゆっくり自分の足で歩いていくことがそれだけ難しくなってしまった。佐藤忠良文法は「九十六年に亘る佐藤忠良の人生を貫く一本の柱になっている」(166ページ)、書いてあることはそれほど奇異なことではないのですが身体を通して判るということになるとそれはまた別のこと、道ははるかに遠い、と感じてしまう。  続 <6月8日>

△週刊誌(週刊文春6/9)をめくっていたら林真理子の連載(「夜ふけのなわとび」)のなかで震災以後、週刊誌は売れているが単行本はまったく不調、被災地に送られた本(流行りの本とか時代小説の文庫本とか)もそのまま放置されていてショックを受けた、出版はこの先どうなるんだろう?とありました。まだ気持ちの余裕がないから特にフィクションの分野は厳しいかもしれない。重苦しい雰囲気が心のどこかに沈んでいるし、かといってバカ騒ぎやTVで流している「日常」にはついていけない。当サイトは震災以後ひたすらラジオですがこのところそのラジオも(とりわけ平日の午後)急速につまらなくなったように感じている、報道一色だった雰囲気に慣れてしまった反動なのか。何を伝えたいのか、どういうことばで伝えたいのか。震災以後すぐに何かが変わるとは思っていませんが試行錯誤のためらいや虚しさや汗が伝わってこない、手さぐりの途中なのでしょうか。 <6月8日>


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いいでしょ、これ 5
双葉十三郎の「ぼくの特急二十世紀 大正昭和娯楽文化小史」(文春新書 2008年)は本屋の棚には見かけないことが多いけれどまだ品切れにはなっていないようです、おすすめの本です。おすすめというより何か有りがたいと感謝したくなる1冊でしょう。何しろ大正、昭和の90年余りの<面白いもの>を自己形成(史)と重ね合わせながら語った大変な本。著者は1910(明治43)年生れですが田中絹代や黒澤明と同じ、その前年は山中貞雄や杉村春子がいる。明治の後期あたりに生れた方たちは映画に限らず社会・人文科学や自然科学まで広げていくとスケールと独創性でまったく凄い人たちがいる。小器用ではないし、いかにもの見てくれもないから地味といえばそうなのですが真っ当なんですね、分析と論理の力、そしてセンスの良さ。
斎藤明美の「最後の日本人」でもこの連載のとっかかりに双葉の存在が大きいと記されている(「最後の日本人」清風出版 34ページ)、いい感じですよこの方、「背伸びしないで、ごく自然体でフラフラしていよう」がモットーだとありますが律儀で古風で威張らない。懐かしい人。映画批評だけでは伺い知れなかった人となりが斎藤の本でストレートに綴られている。
そしてキネマ旬報の2010年3月上旬号。巻頭特集「映画評論家、双葉十三郎」のなかで双葉の1964年度の文章「映画の危機を深める甘い批評 映画批評家の反省」が再録されています。胸に響く力強い文章ではないでしょうか。批評とは何か、双葉の言わんとするところは今、現在もそのまま通用するように思われる。
そして双葉の文章。「ぼくの特急二十世紀」ではぼくの文体の出発点は鴎外、四迷、堀口大學だと語り、リズム感を重視しながら書く(101ページ)と言っている。底辺が広いこと、それが教養だとすれば双葉のそれはいかに<面白いもの>を発見してきたかの蓄積の歴史。その体験が本書でつぶさに語られている。
本書は談話筆記ですが面白いものを見たり、聴いたり、試みたりの双葉の「自然体」は人生いかにムダが大事か、一食抜いても身銭を切り、遠回りをいとわず、おそらく双葉が手にしたブロマイド(「ピーター・パン」のベティ・ブロンスン)に少年時代の思い出を見つめたようにさわやかな読後の余韻はかけがえのないもの。
世の中がだんだん行き詰づまっている気配があると最後のところで
述べていますがポツンともらしたことばなのでしょう。 <9月18日>

△忘れないうちにいくつかのことの備忘録です。もう書店にはでているのかどうか、明日あたりに見てこようと思っているのですが今一番刊行が待ち遠しいのが中山千夏の「蝶々にエノケン 私が出会った巨星たち」(講談社 1,890円)という芸能交遊録。水の江瀧子の評伝「タアキイ」では芸能界は苦手でそのことについても書くことも筆が進まないような趣旨のことを綴られていたのでもったいないなぁと思っていた。この方と松島トモ子は昭和20年代後半からの昭和の時代の奇人変人天才たちをしっかり記録しておく第一人者のはず。松島の「母と娘の旅路」にも少し子供時代に縁があったスターたちを記していますが凡百の芸能本とひと味もふた味も違う。亡くなるとみんな親しかったようなことを語る<私がわたしがの>芸能本が多いから余計そう感じるのかもしれない。惜しいのはもっと幅広くじっくりと書いてほしかったということ、短いよ、中山に続いて是非記録しておいてほしいものです。ロッパやエノケン、蝶々、笠置シズ子はいうまでもなくウソみたいですが越路吹雪も知らない若い人たちがたくさんいるそうな。昭和の芸能を振り返ると「主な出来事」で羅列された歴史ではなくその時代の匂いや空気が伝わってくる。
△もう連載は終わっていますが朝日新聞夕刊で「人生の贈りもの」というシリーズがありますが先月の9月12日が第一回で22日が最終回で8回にわたって沢田研二が登場しています。これまでと今、そしてこれからが聞き書きでまとめられています。
△聞き間違いでなければ、ですが来週月曜日(10月3日)にTBSラジオの午前8時30分から始まる番組で中井貴恵が登場するそうな。何時頃に出演するのか分かりませんがこれも楽しみ。中井の絵本から出会った読書体験が、今では子どもたちに読み聞かせる会として実を結んでいることは単行本「大人と子供のための読みきかせの会」に詳しい。本との関わりの素朴というのかみずみずしい想いがあふれているいい本でした。余談ですが小津安二郎から引き継いだバトンを持ってゆっくり走っているというのがこの方の著書を読んでの当サイトの感想です。どんなバトンなのかはよく判りませんが遠くでつながっているような、そんなおぼろげな印象が消えない。 <10月2日)

       
       
       
       

△中山千夏の「蝶々にエノケン 私が出会った巨星たち」(講談社 1,890円)が出ました。一言でくくれば昭和芸能交遊録ですが首章からゾクッときます、こどもの自分にたいして「こんなに素っ気ない態度をとるおとなに初めて出会った」(14ページ)という長谷川一夫の強烈な一瞥から始まる。子役時代の著者が見た巨星たちの姿は淋しそうでぬくもりが感じられなかったり照れ屋だったり優しかったりとても人間くさい姿を見せてくれる。嵯峨三智子との鮮烈な初対面の記述、山田五十鈴邸でのかけがえのない体験を綴ったところなど強烈。最後までワクワクしながら読んでいける。この本は色川武大や向田邦子、田中小実昌たちにも読んでほしかったなぁと思いましたね。巻末に人名索引が付いていることも有難い。いくらでも好きな芸人から読み返すことができる。著者が天才と呼んでいるのは三木のり平と山田五十鈴。それにしても昭和の時代は遠くなりました。
△いつものように月初めは書店に寄って新潮社のPR誌「波」を頂戴してくる、もちろん斎藤明美の連載を読むためです。さて11月の新刊予告のところでオヤっと思い目を止めると確かに高峰秀子の本だ。「巴里ひとりある記」「まいまいつぶろ」が新刊として復活するようなのだ。わくわくしますな、どんな装丁で登場するんだろうか。すでに文春文庫で絶版だった「いっぴきの虫」が今月でていますが少しずつ復刻版の日が近づいてくる。21世紀に伝え残したい本がいよいよ現実になるとは、これは奇跡か? ちなみに古本店でもこの2冊は単行本、新書判ともなかなかでてこない、図書館でもないところが多いからせいぜい後に刊行された「つづりかた巴里」に収録されたもので読むしかなかった。すでに持っている方も21世紀版と再会できますね。 <10月24日)

いいでしょ、これ 6
△世田谷文学館で開催された和田誠展の図録、「書物と映画」。手にするまで角背の厚い表紙の体裁だとは思わなかったからちょっとびっくり、厚さ15mmもある。カバーは付けないで白地にタイトルとイラストレーションだけの実にシンプルなデザイン。カバーがあるのが当たり前になっているから余計ひきたつ。これで1,200円ですぞ。ここから出ている図録は人気があって気がついた頃には売り切れ御免になってしまうほど、「世田谷文学館」と入力すればホームページに行けます、オンラインショップから注文できます。
△なんとなく1年経つまでには読もうと思っていた「パンとペン 社会主義者・堺利彦と『売文社』の闘い」(黒岩比佐子 講談社 2010年10月刊 2,520円)を読み通すことができた。ちょうど1年くらい前に書店で平積みされていてぶ厚いし明治時代の人の本だから〝重いね、そのうちその気になったら読もう〟ぐらいにしといたらそれからすぐに新聞の書評を目にした。ずいぶん早いなあと思いながら読んでいくとドキンとした、終りのところでこうある、「著者は本書を残して今月17日に亡くなった。遺作となった本書は著者の代表作として読み継がれるだろう。」(朝日新聞11月28日 評者は中島岳志) 本書の「あとがき」(2010年7月の日付)にも死と直面した実感がつづられている。著者の(古)本好きは神保町の古書即売展でもよくお見かけしたくらいで、たぶん界隈の有名人なのでしょう。当サイトにとってはもうひと昔前のことですがオヤジばかりの古本だらけの空間に若い(と見えた)女性がうろうろしていればいやでも目につく。本を抱きながらゆっくり回ってましたよ。面識があるわけでもないのにこの方が黒岩比佐子か、とどうして確信したのか覚えていませんが新進のノンフィクション作家としてその後も次々と本をだしていく。未知の読者には岩波新書の「戦争絶滅へ、人間復活へ」(むのたけじとの共著)や角川選書の「明治のお嬢さま」が入りやすいと思いますが当サイトも「散るぞ悲しき」(新潮文庫 梯久美子)を読むことができたのも黒岩のおすすめ本の記事を読んだからでした。
さて、この本「パンとペン」の堺利彦は平板で視界の狭い人ではなくユーモアと人情にあふれ当時は誰も持っていない自転車を乗りまわしたり文学に傾倒し運動を「命がけの道楽」と喝破するなど実に人間くさく魅力的な日本人として描かれる。同志たちのパンを得るための編集企画広告の総合代理店を起こしズバリ「売文社」と名付ける。著者の関心はアカデミズムの社会思想史から見向きもされない売文社時代に置かれる。著者には皆がひとつの方向へ集中するときにそこからこぼれ落ちたり、脇に取り残されたりするものに目をじっと据えるセンスがあるのでしょう。堺たちの運動は主義の人ではありますが政治の問題と隣接する教養の底辺の広さには驚く。本書を読みながら2011年の日本はいったい何かと何度も疑問符が飛びかった。もちろん政治(と政治家)と文化の今についての疑問です。

これまでの備忘録
2006年8月─2011年3月
       
備忘録のようなもの