2010年6月
▽ 注目の新刊書 ─というには少し前のものですが2008年7月刊行の新書。小器用なタレントが綴る評論やコメントにはウンザリしていたところに久しぶりにすそ野が広く骨のある歴史書(と一応しておきます)に会えました。「戦争絶滅へ、人間復活へ 九三歳・ジャーナリストの発言」(むのたけじ 聞き手 黒岩比佐子 岩波新書 定価735円) むのは今のジャーナリズムは「ニュースではなくトピックス」ばかりで「まったく自己主張というものがない」(86ページ)、これでは反戦など言えるわけがないと語る。まったくだ、平均値をだして少し甘みを加えたり胡椒を効かせたり、そんな小賢しさばかり、最後に頼るのは自らの批判ではなくて数字というのもどうなんだろう。先週と今週の週刊文春連載の「本音を申せば」(小林信彦)にも大新聞とラジオの「情けない」今について触れている。いったいジャーナリズムはどうなってしまったんだろう、「創造」からどんどん遠ざかっていくばかりではないか?
むのの発言を追っていくと(現代版)ユートピアではないか、というところ(例えばこれからは女性が中心にならないと世の中良くならないという弁)もあって刺激されます、それも戯言めかしての発言ではなく強烈な批判とどこへ進むべきかの方向感覚が明確だから訴えてくるように感じられる。 聞き手の黒岩には戦争にブレーキをかける(かけられなかった)動因や戦後の歩みの手がかりを日露戦争まで遡って学ぶことができるという指摘があり教えられました。こんな<知性>を待ってたんだ。戦争と平和に向き合っていることが何より心強い。こういうテーマの本や雑誌の特集は結構あるのですが、しかし、むのや黒岩と今の新聞、一部のTV、ジャーナリズムで見聞きする「批評」との隔たりは埋めようがないものがあるのではなかろうか、そんな印象が強い。「普通」のセンスが感じられないのが大新聞と巨大なTV局、いったい誰に向かって投げかけているのだろう、と首を傾げるばかりなのです。主語もないけれど相手(対象)も見えてないぞ。ただの人であることを忘れた(あるいはポーズだけの)戦争・平和論がどれほどの力になるか大いに疑問。幼いころからムダをしないでおりこうさん路線で生きてきた「優等生」のシラッとしたイメージが(当サイトのなかに)定着しつつある。
しかし、むのの言論は絶望ではなく希望へ向けられている、グチっていないで光を探そう。それにしても歳をとればとるほど冴えてくるとか、60歳を過ぎてからが本番の人生だとか、口も達者で今も現役とは畏れ入りました。
▽ 承前 山根の本は守備範囲が広いのだけれど、雫石とみをとりあげた重いテーマでも重々しく深刻にならない、もちろん虚無に逃げ込むわけでもない。婦人雑誌がお得意の、例えば“しなやかな感性”とかいうようなフレーズに落ち込むこともなく気どりや思い上がりや上っ面だけをなでるような言動を反省しながら次の場面では口笛ふきながら歩を進めるような明るさが感じられる。ちょっと控え目なのだけれど案外図太い、というような。
安野光雅との優れた対談(「美術館へ行こう!」安野光雅・山根基世 オール讀物 2008年1月号)で安野の本で感激したのは「自分の失敗を許すことが大人になるということ」だというところだと山根は話している。失敗してもそこで終わらないで前へ進もう、「そうやって、生きていくんだ。」(山根) 現役の頃、若い時はどうしても完璧を目指して毎日失敗して自分を苦しめていたけれど、これからは「多少の失敗は許そう」、少し楽しみながら進んでいこう。山根は土地の人びとのことばに同調しながら自分の歩調を整え佐藤忠良の背中から歩くことを学んだのだろう。同じ対談のなかで「私、いつもモノを見るときに、佐藤忠良のモノの見方、考え方というのがどこか尺度になってる。」そう語りすぐ続けて「それだけ影響を受けても、こんなふうになっちゃって、忠良さんには申し訳ない感じがするんだけど(笑)。」と話している。「歩きながら」でも最終章で佐藤忠良が登場してきますが「この十二年、忠良さんから一度も説教めいた話をきいたことはない」、けれども「怠けたり、自分を甘やかしたり、不誠実な自分を感じたりする時、心がチクチク痛むのだ」と影響の深さを記している。山根の「歩きながら」は歩いている地面が読み手の<私>が今立っているこの地面と同じだという感覚があって一緒に呼吸していける。 当サイトにとっても「こんなことが本当に起るんですねえ」(『幸福な家族』の思い出」)も「じゃあ、またね」(「ことばで『私』を育てる」)ということばも深く胸に沈んで忘れられないものになっている。 <6月3日>
▽ 承前 そして、心の奥底まで沁みてくることばと並んでどうなってるんだと腹がたつような体験があちこちで綴られている。ことばが人の存在を根底で支えるものだということは日常私たちが体験する小さな刺や傷は存在を揺さぶらないではおかないということでもあるはず。例えば「せせら笑い」(「ことばで『私』を育てる」講談社文庫)─山根の体験はこうだ。肩の骨が外れたような痛さだ、病院で症状を言うと服をぬいでと医師、その場で脱ごうとすると「こんなところで脱がないの!」と軽蔑した声で顎でカーテンをしゃくる看護婦、医師はすぐギブスをはめると言う、困ると答えると医師は別に僕が痛いわけじゃないからいいんですよとせせら笑い、看護婦たちも一緒になって笑った。山根は「私はあの看護婦さんの「底意地の悪い目が忘れられない」と書く。
普通の人を見下したり侮辱したりモノ扱いしたり・・・濃淡の差こそあれギスギスした何とも冷ややかなイヤアな感じ。そこのところを掘り下げていくと「山根さんみたいな恵まれたアナウンサーが、どうして雫石さんに興味をもつんですか」(前掲 297ページ)の問いかけに山根が告白した「屈辱」に行きつくのだろう。雫石の「荒野に叫ぶ声」を読んで山根は口惜しくてならなかった、「それはもう他人の痛みとは思えないほど、私自身の内臓が切りもまれるような思いがする」とまで書いている。世間にその名も実力も認められた「恵まれたアナウンサー」は自身が受けたという屈辱を雫石に重ねていた。もちろん山根はどこでどんな無念を感じたかはつぶさに綴ってはいない、私の自尊心が許さない体験だったと記し誰もが体験するだろう女の無念をこれから放送の場で伝えていこう、肚はここで決まったと記している。
この手のイヤアな感じは発売中の「婦人画報」7月号でも斎藤明美が胸が悪くなるようなムカつきを綴っていますね。日本人の質は完全に落ちたと、私の本(もちろん「高峰秀子の流儀」のこと)のどこを読んでくれたのかと。そこにドキュメントされた出来事はまさに呆れかえるようなことですが、でも今の世の中こういうのありだなと一方では変に納得してしまう。ホントに「いろんな人がいるね」という高峰のことばにうなずいてしまう。当サイトも奇人変人怪人が嫌いなわけではない、むしろ好きなのだ。奇人大好き、近寄るかどうかは別問題ですが。ただここに登場してくる方たちは人としての普通のセンスが抜け落ちてただ単に幼稚、つまるところ卑しいのだ、斎藤がムカつくのはそのことをまるで恥じていないことだろうか。
山根がどこかで聞いたような観念ではなく身体(からだ)から発せられたことばを聞きたいとか、あなたが喋っているそのことばは本当に自分の力で捉えたことばなのか、借り物ではないのか、と繰り返し問い続けているのはここのところと関わるのではないだろうか。例えば高峰は「自分の身の丈にあった暮らし」が大切だと語る、けれども当サイトはここでもう立ちすくんでしまう、当然でしょう、自分を知らないでどうして身の丈を合わせられるのか、たいがいよく見せようとしたり実力以上に自分をふくらませたりそうじゃなくても肩に力が入ったりどうせ私なんてと卑下してみたりあるがままの自分なんてあっさり掴めるものではない、おまけに情報やカタログが自分を着飾ることをこれでもかこれでもかと誘ってくる。雑誌や本でも著名人の生き方指南の記事は腐るほどあるから、そうそう身の丈、身の丈と通過させるほどこのことばは甘いものとは思えないけれどファッションにすり変わってしまう、貸し衣装じゃああるまいし。「ちょっと控えめ」という高峰や向田のことばの意味を当サイトも追い続けていきたいものだとつぶやくしかない、それが現実ではなかろうか。 <6月14日>