▽雑誌の特集を読んで鳥肌が立つなんてこと、これまであったのかな。「婦人画報」7月号の「高峰秀子27歳のパリ その足跡を訪ねて」(斎藤明美)の大迫力には圧倒されました。高峰の最初の著書「巴里ひとりある記」(昭和28年 映画世界社 絶版)は旅行記のスタイルをとってはいますがその世界は健気で淋しくて胸の奥底に居たはずの<ひとりの女の子>がヒョコリ顔をのぞかせるように気持が柔かくなっていく、そんな「再生」の時間の記録(と当サイトは読んだ)。高峰がひとりで窓から眺めたパリの夜空や佇んだ教会の静けさ、(記事にも引用されていますが)パリを離れるときのさりげなく抑制された別れなど揺れにゆれたであろう心の軌跡を斎藤が追う。「巴里ひとりある記」で掲載されている写真がA4ワイド判で再現されているばかりかその一枚(単行本の97ページからの写真)が“高峰秀子を求めて”の旅の手がかりになっていく。この特集が別冊の付録になっていたら・・なんてないものねだりをしてないで(いつかこの連載「最後の日本人」シリーズが1冊にまとめて刊行されることを期待しながら)自分で仕立てるとするか。
▽もうひとつ同じ「高峰秀子の流儀」の第17回「怠らない」(「婦人画報」5月号)にも泣けました。その方に高峰の伝言を伝える場面、呼びかけのことばにグッときました。微笑みをことばにするとこんな感じになるのでしょう。どうってことのないエピソードなんですけどね、高峰のことばはどうしてこう深度があるんだろう。「いっぴきの虫」(昭和53年 潮出版社 絶版)で「戦友」と呼んだその方は高峰にとってひとりのかけがえのない遠い時代からの「友だち」でもあったのでしょう。「巴里ひとりある記」でもそうですが高峰にはベタついた湿気がない、普通だったら後で恥ずかしくなるような幼稚さに流されてしまうんじゃないか、そして仰々しいもっともらしさやハッタリ(今日の“パフォーマンス”につながり、大衆を見下ろしていることを覆い隠す巧みな演出)がない。威儀を正して高峰の伝言を受けとめようとした老いた友をそっと包みこむようなひとことでした。 <6月19日)
2008年6月