▽「向田邦子は終わらない」という特集が新聞で組まれていました(朝日新聞6月24日 朝刊)。70年代のテレビはホームドラマの黄金時代で74年から放送された「寺内貫太郎一家」には家族のささやかな日常から真実をくみ出すわざがありそこが向田ドラマの真骨頂だというもの。しかしこれは伝説化されてからの話で当時の評価はそんなに高かったんだろうか。向田自身は「マジメなドラマの中の嘘を見抜くことはヘタクソで、フマジメ・ドラマの中のちらっと横切る真実をみつけて下さることも、あまりお上手でない」と控え目に書いていた。せめてドラマの嘘を楽しんでいただけないものかという哀願(?)のことばすら見えている。向田の批判でもうひとつ面白いのはタレントたちが皆、同じ顔つき、同じタイプになってきて「美のファッショ化」が進行しているという指摘、そのアンチとして向田が見たという「生きている女の子」のドラマ化を考えていたという。向田邦子の引用は「女の人差し指」の中の「テレビドラマ」の章から。
▽ふたつの文脈を下ろしていって交差させると「セクシーボイスアンドロボ」に行き着くんじゃないだろうか。カラッと乾いたありえない世界はフマジメ・ドラマの資格十分だし、ニコがつぶやき叫ぶ声と目、走る姿、どのことばもアクションも「生きている女の子」の表情がありました。少し首を傾けて走るシーンが頻繁にでてきて、その場面の美しさは強烈な印象でした(これまで見たドラマで若きタレント・女優たちが走るシーンはほとんど目をおおいたくなるようなドタバタした印象しかないぞ)。
▽嘘の見せ方の上手さは独擅場。例えばラストボイスでロボと一海ちゃんがデートするシーン、清掃おばさんに扮したニコが不良に絡まれるロボに「いけいけ、ゴーゴー」とホーキを振り上げて叫んだ場面はコメディアンヌ・ニコの非凡な(魅)力をサラッと見せてくれた。同じ回のラスト近くマキ・浅岡ルリ子とニコが語りあい寄り添うシーンは、女優が小さなヒロイン・ニコへ贈ることばの花束。そして「救えるのは宇宙で私だけ」とロボとニコが未来のイメージで出現した場面は<夢の続き>を見ているような嬉しいシーンでした。この後に日活のマーク(あるいは東宝か)がでてきても違和感なし。最後はニコが少し「変わり」自然にふたりが離れてしまうというさりげない別れに。ロボは微笑ながら夜空をみつめ、ニコは声をかけそびれてしまう。ニコの目、ロボの眼差し、星、夜空、宇宙と拡げて余白を目イッパイとった感じの終わり方。距離感があって絶妙のバランス感覚。これらの嘘は繊細にして大胆な力技の支えなくして作れないのではないか。
▽軽いタッチのこのドラマに日常の真実は横切っていたか。「現代の人間に欠けているのは、あらゆる事物や事柄と一対一で対峙してみる精神です」と発言した中西龍のことば(「ことばつれづれ」)はそのままこのドラマの姿勢だった。皆が見るから行くから私もそうするのではなく 家族対<私> 死対<私> 世界対<私>・・・。このドラマの作り手たちは何かを探し求めている<私>に向けて呼びかけていた。「オトナもコドモも忙しい」けれどキチンと世界と関わりたい、スイッチはONになっているか、だからドラマ対<私>。向田邦子が終わらないというのならバトンを受け継いだ「セクシーボイスアンドロボ」の世界も終わらない。ただ向田が吐いた重いタメイキがこの優れたドラマの世界にかぶさっていなければいいのですが・・・。 <6月25日>
▽「セクシーボイスアンドロボ」が終わってしまいました(6/19最終回放送)。ドラマの住人たちと別れると思うと寂しいことです。たかがテレビたかがドラマでも(見続けてきた人の)心の奥底にもっているという「赤ん坊の心」に届いたんでしょうね、きっと。「人が、ある詩や小説、絵や歌などに強くひかれるとき、というのはきっと、その人が、こっそりかくし持っている赤ん坊の心に響いたときではなかろうか・・・」(「ライオンのしっぽ」工藤直子)。前回の最後の場面でニコの幸せについてロボから聞かれたとき掲示板の張り紙をペラッとめくっていくとモトのままの色のポスターが表われて「こういうものを見つけられる人に私はなりたい」ってニコが云っていました。このドラマはホントに「見つけた!」、出会えてよかったと云える作品でした。暮らしのカケラや日常の断片から見つけた小さな詩が台詞になって語られるとこんなに響いてくるものなんだなァ、痛みと懐かしさと安らぎ。このことばも原形は9話のラストの台詞でした。出演された役者さんたちもレギュラー陣はもちろん病院をセカセカと走りながら「(手がいっぱいだから)入ってくれると助かる」と話した看護婦、話が違うと胸元をつかまれ半泣きの試供品渡しの担当者、寝グセがついたままのやたら明るい取調べの刑事やらどの脇役も素晴らしかった。「救えるのは宇宙で私だけ」って・・・そこまで云うなら21世紀で最も優れた仕事のひとつがテレビドラマから飛びだした、このドラマはそこまでいったんじゃないか。佇まいの良さというか品性というか、サントラ盤のラスト曲「Nico’s Lullaby」が奏でるのはやっぱり<痛みと懐かしさと安らぎ>でしょうか。 <6月20日>
▽ことばは人間の根底を支えるもの、と書いたのは名著『ことばで「私」を育てる』(1999年 講談社)の山根基世でした、その本の中に山岡久乃のことばが綴られている(「じゃあ、またね」)。病床に伏している山岡の最後のことばを残しておきたいという先輩に付き添って見舞いに行った。山岡はかってのアパートでの生活を懐かしみこう語る、「春、桜の季節に窓を開けると、八重桜の花びらがイッパイ部屋の中に入ってくるの。その子と二人で、新聞紙の刀でチャンバラして遊んでるとき、八重桜が散ってきて、もうシアワセでした・・・・・・物はなくてもシアワセでした」。 和やかな表情で桜の散る光景が目に浮かぶような話でしたと。表題の「じゃあ、またね」ということばはこれが最後だと分かっていながらそんな月並みなことばしか投げかけられなかったという先輩の別れの一言。シアワセということばが強烈に印象づけられたエッセイでした。ごく普通のよく見たり聞いたりすることばが語られた情景によって伝わり方が違ってくる、山岡の暮しを包みこみ支えていたことばだったのでしょう。
▽「セクシーボイスアンドロボ」第9話(6/4放送)でも桜が闇にヒラヒラ舞っていました、「幸せになりや」の願いが山岡の「シアワセでした」の映像を思いださせてくれて何ともいえないシーンでした。ことばがことばを呼び画をダブらせてくれて。このドラマの台詞のことばが何とやわらかく響いてくることか、まさに驚きと発見の連続。根底に届くことばがあるっていう感じで投げかけてくるものが多すぎて溢れんばかりのサムシングがありそう。型どおりの世界の包囲網に息苦しさを感じる若い人たちに、聞いたようなことばに疑問符を抱きながらとまどう壮年たちに、沁みてくるものがイッパイありますね。ラストの台詞は ─ 怒りと祈りが込められ世界との関わりを気づかせそっと支えてくれることば「・・・だから死なないで!」 <6月12日>
▽「ドラマ ’04 7月号」(映人社)に掲載されている木皿泉インタビューのことばが響いてきた。神戸在住の作家だということですが「情報が多すぎる」東京ではシナリオは書けそうもないという話題の後でこう話す。「情報があり過ぎるドラマはあまり興味ないんですよ。むしろ、臨場感みたいなものを書きたい。そこでドキドキしたとか興奮したとか、そういうものをたぶん描きたいんじゃないかと思うんですね。東京に来るとデータばかりになっちゃうんじゃないか。私たちの生活自体もカタログみたいになってしまったら、そういうものしか書けないんじゃないかとか。」 だから食べたり目的もなく歩いたり遊んだりする、そんな自分たちが暮らしているところで「いいな」と思うもの(世界)を書きたい。作り手が「読んで萎えるようなホンはやめましょう。・・・面白くないホンをやるのは役者さんもキツイんですよ」 そして『すいか』は役者・スタッフともにノリに乗ってくれて「世界が出来て」いった、作家冥利に尽きます、と・・・。
▽『すいか』の魅力の在り処(の一端)が、そして痛烈な批判が伝わることばですね。伝説のドラマと云うには早すぎるかもしれませんがあの感触は見た人がずっと大切に暖めていきたい、そんな<何か>を秘めているように思う。センスの良さや深さは流行のカタログだとかあれやこれやのデータやおせっかいな人生訓から外れているところから(も)生まれるんだな。この号は2003年に放送された『すいか』第1話から4話までのシナリオが載っていますし(インタビューもあるし、向田邦子賞受賞の記事もあるし)おすすめです。シナリオを読み返してみるとまったく「とんでもないホン」です。版元にバックナンバーがあるようですよ。
▽さて同じ作家の「セクシーボイスアンドロボ」第8話(5/29放送)、最後のシーンを息を詰めて見た方も多いのではないだろうか。緑のなか、黒の衣装のニコが崩れ落ちる場面を遠望で背後から捉えていました、相棒のロボを失う辛さを突き抜けて世界の喪失(感)すら感じさせた。冒頭あたりの「今日もぬるい一日だなァ」とのんびり始まったように見えただけにインパクトも強い、包みこむ緑が優しいだけに痛切なシーンでした。かっての日活ニュー・アクションの「ワイルドジャンボ」や「八月の濡れた砂」のラストシーンを思い浮かべたほど、まさかテレビドラマでそれに匹敵する画に出会うとは、ノッテないとこういうシーンは撮れないんじゃないか。ここからは勝手な推測ですが羨望の思いでこのドラマを見つめている(他の)テレビ関係者もさぞ多いことでしょう。もちろんどれだけのヒトが見たかどうかという評判の問題ではなく本当に見ている人の心の奥そこに深く遠く届いているかどうかという会話の問題からなんですが。
<6月3日>
2007年 備忘録6月