▽それほど古い本でもないのにあれよあれよという間に品切絶版になって入手できなくなった本が増えているように思う。古本と呼ぶには新しすぎて古書店を回ってもお目にかかることはまずないから厄介。長新太の「絵本画家の日記」が欲しくても見当たらなくてウズウズしている方も少なからずいるのではなかろうか。吉報ですよ、3月に1と2の合冊版がDVDまで付いて発売されています、2,940円 BL出版。DVDは「長新太の講演会トーク」(1991年)ですが1の最初の方を朗読しながらその背景や周辺のディティールを話しています。この本の中でガンバッテいい絵を描くようではダメ、「ふつうにやって、いい絵が描けるようになりたい」と書いている。戦ってますね長さんは、真面目にこびりつく陰湿さとか売れてるものの下品さとか・・・火を噴くような鋭さ。

▽承前 「加代 ─死んでも、お葬式にはいかないからね」
「健吉 ああ、いいよ」
「加代 このうちで、あんたのチャンチャンコ着て、ひとりでお通夜してやるよ。
 あ、福は内のまめがまだおっこってら」
 拾って食べる。

「健吉 たのむよ」
「加代 今のうちに顔見とこ」
「健吉 こういう顔だ、覚えておいてくれ」
 みつめあう健吉と加代。・・・(前掲 214−215)

憎いです、この場面は向田流のラヴシーンだ。ふたりに熱情的な仕草はない、けれどもふたりだけの「これだけは」はほのかに伝わってくる、健吉の最期を思ってくれる加代はズケズケ言うくせにどこかちらっと優しみすら感じさせる。新潮文庫版の解説で大山勝美が加代は向田の「身代わり」だと記している。
しかし向田はふたりの暮しをさらに粉砕していく。初めてシナリオを読む方もおいででしょうからネタを明かしませんが向田にとっても加代と健吉はそれだけ大切な人物だったようだ。私たちはそこそこ豊かになって気どったりスマートで上流の生活をありがたがっているけれど失っているものって例えばこんなセンスじゃないか、向田はそんなカオスとコスモスをていねいに見せてくれる。
加代の長屋は「うちが古いせいか、柱はかつおぶしのような匂いがした。じいちゃんはこの匂いが好きだったのだ。だらしなく散らかったこの人間臭さを愛したのだ。ここにすわっていると、どんなみっともないことも言えそうな気がしてくる。裸の自分にもどって、弱音もはける・・・」(前掲 348) 向田は膝も崩さないキチンとした暮しではなく体面や体裁のない「自分の声で泣いたり笑ったり」できる断面をリアルに示す。その積み重ね。演じた志村も藤田もスタッフも泣いてしまったふたりの関係が不思議な現実味と哀しみを湛えてゆく。世間体とか年齢差とか将来のこととかあれやこれやを取っぱらって、ろ過してなお残る人の素のような温かみ、匂い、愛おしさ。そこには自分(の笑い声)がある。だらしないけれど人としての品はちゃんとある。
奇妙な設定を借りながらひとつの暮しをここまで人間的にえぐりだすとは・・・タビックスはいた加代ちゃんと綿のはみでたチャンチャンコの健ちゃん、畳に寝そべって「一日長いよ長野県」なんて永遠にダベってるんだろうね。普通の原型というのは例えばこんな世界なのではなかろうか。向田が見つめているのは「人間の業」(岩波現代文庫版 冬の運動会 解題参照)だとも言えるでしょうがそう言ったらまだ気どりがあるんじゃないだろうか、誰もが本来持っているおかしさ、可愛らしさ、愚かさをポンとムキだしにして差し出す。それだけなのにのんきな時間とか何物でもない<自分>って捨てたもんじゃない、そう思わせてくれる。もっともタビックスにチャンチャンコだから若くはない世代でないとピンとこないかもしれない。
老人と女だけの長屋の一間で、しかも小汚い空間でどうしてこんな香り高いドラマが創りだせるのか、まったく不思議です。こたつぶとんに足つっこんでいっしょにみかん食べたいな、仲間に入れてよ、そんな手の届きそうな日常がうらやましくなるのだ。
勝手な想像なのですが向田が勝ち組、負け組などという発想というのか情報というのか、それらを知ったらさぞ怒り狂ったのではなかろうか、向田が優劣ではなくましてや金持ちになったかどうかではなく見つめているのは世の中の大きな流れが見逃してきた弱さ、哀しみ、いたわり、ささやかな安心、そんな目ではないか。
向田のシナリオを読んだ後は明日は人に「もちっと」優しくなろう、黙って見守る人になろう、そんな気持ちにさせてくれる。不思議なことです。天野が言うように<私たち>は普通からも踏み外し流れにまかせて右往左往するばかりなのだけれど、向田はまだ大丈夫だと言っているように思える。まだあんたの<普通の貯金>は残ってるよ、終わっちゃあいないよ。
「冬の運動会」と同じ年に向田が書いた一話完結の「びっくり箱」だって同じ匂いがあります、女手ひとつで娘を育てた「堅い」母親と「きちんとしてる」はずの娘の話。「堅い」も「きちん」もあっさりひっくり返してしまい、それでも向田はホラお互い労わっていけるよと後押しするのだ。「ミシン踏んでて、ああ、あたしは一生、下向いて、カタカタカタカタ─同じとこばっかり見て、カタカタカタカタ─死ぬまで、これだけなんだな。さびしくなったのかもしれないねえ。」(「向田邦子TV作品集5 蛇蠍のごとく 237ページ)そんな台詞を書きながら向田も深くうなずいていたのだろうか。  <4月22日>

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2010年4月

▽自分の足で歩いて自分の目で見て自分の触感で感じ組み立てたことを蓄えてゆく・・・とまあ書いてしまえば簡単ですがなかなかどうして出来る事ではない。また「高峰秀子の流儀」に還ってしまいますが著者が登り続ける「坂道」はきっと天野の云う<人の素>につながっているのでしょう。大好きな人が師であることは何と幸せなことか、<私>だけ見ていればいい、<私>に似なさい、なんて一歩間違えば独善的で偏った態度になりかねない。外側だけから眺めるとそうなのかもしれない、しかし変形もせず色づけもせず、それでいていきいきとした「人」を見逃して何を追えというのか、そう思いますね。斎藤明美が高峰秀子を見つめるように、山根基世が佐藤忠良を、苅谷夏子が大村はまを、小松政夫が植木等を、それぞれ熱い想いで綴った文章やことばは静謐(せいひつ)と表現したくなる何かを感じさせないだろうか。そしてもうひとつ伝わってくることは閉ざされるのではなく広がっていくような開放感。
それは窓を開けて、仰げばさわやかな空が垣間見えてくる、そんな心地良さに似ている。 <続> 
4月1日

▽承前 向田がいつも見つめている軸というものがあるとすれば普段目にするのびのびとした市井の人たち、気兼ねのない言葉や仕草、つまりは日常だと思われる。さて、「冬の運動会」。放送は1977(昭和52)年の1月から10回続いた、映画「幸福の黄色いハンカチ」(山田洋次)がこの年の公開でした、第1回の放送日はロッキード事件初公判の日だったという(岩波現代文庫版 冬の運動会 解題参照 以下引用はこの版から)。
威厳をくずさない実直な老人がいる、自分にも厳しいが他人にもうるさい、「精神的にゃ軍服着てるね」とか「うちじゃあ、そっくりかえってンだろ」とか評されるこの老人は家庭ではヨコのものをタテにもせず鼻唄ひとつ唸りもしない、四角四面の堅物。「軍人のうちに生れて、士官の娘をお嫁さんにもらって─シャンと背筋のばして七十何年、生きてきた」方なのだ。しかしこの老人は若い愛人を囲っている、自分の半分ほどの年齢の35歳の女性だ。老人は志村喬、愛人を演じたのは藤田弓子。向田のシナリオではふたりがどうしてそうなったかはほとんど何も説明していない。

状況設定はこうなのですが向田は上品ぶった「さも」も「いかにも」も粉砕してこなごなに砕き<こんな情景の匂いや音>─覚えているだろ?とつきつけてくる。「普通年寄りっていったらさ、もちっとダラッとしたとこあンじゃない」 うちのおじいちゃんは、なのに、偉すぎるなどと孫娘に陰口たたかれている老人。老人は健吉、愛人の名は加代という。彼がはじめて愛人宅にでてくる場面を見てみよう。

●加代の家(夕暮)
下町のゴミゴミしたあたりの棟割長屋。
出窓に顔を出して、馴れぬ手つきで女ものの下着を取りこんでいるのは健吉である。
綿の出た小汚いチャンチャンコを羽織り、爪楊枝をくわえながら、鼻唄を口ずさんでいる。
(21ページ)

凄いなァ、いきなりです。まるで別人のように人は変われる。続く台詞と加代の部屋の場面が大阪弁で云えば「こてこて」でかぶさってくる。下着や食べ物やら散らかしっ放しの部屋で、こたつぶとんの下に隠れていたみかんを健吉がふんづける。

健吉 「加代ちゃん!(気持が悪い)
加代 「なんだ」
健吉 「なんか踏んだぞ」

愛人宅なんて松本清張だったらドロドロのシーンになるのだが向田の描く愛人のイメージは随分明るい、インビな暗さもない、親子か兄弟のようにも見えてホンワカしている。
「どうして、コタツブトンの下にみかんがあるのかねえ」
「長生きすると、お面白いことあるだろ」(加代)
「あるなあ」。
なんてぶつぶついって。当サイトはもうこの辺りでまいってしまう。先にあげた「もちっと」もそうですが人物というのか絵が浮かんできそうなセリフではないか。
ポップコーンをほおばりながら「あたしも年を鳥取県」「いやいやまだまだ和歌山県」なんて愉しそうなのだ。当サイトが「冬の運動会」のシナリオを新潮文庫版で初めて読んだのは随分前ですが未だに健ちゃん、加代ちゃんの場面は深く刻み込まれている。この感情は憧れなのかなと首を傾げてしまうほどで忘れられない。シナリオだけで放送すら観ていないというのに。後にリメイクされているがこちらは3時間枠で久世光彦演出のもの、一応別物とみるべきでしょう。
加代がおしりをポリポリかきながらとかゴロ寝の健ちゃんを踏んづけて「なんだまだいたのか」とか・・・キチンとし過ぎてるという健吉とその家族とは真反対、気どりがなくてだらんと開放的な雰囲気。加代は語る。
(健吉の住む)あちらの家庭は「・・・息が抜けないんだってさ、だから、ここへくると『これが人間の暮しだなあ』。しっ散らかってりゃしっ散らかってるほどほっとすンだってさ」(109ページ)
志村喬と藤田弓子のコンビは向田のドラマを観ていないから想像でしか云えないのですが志村と小田切みきのコンビ(「生きる」)の発展的<その後>だと当サイトは勝手に考えている。こういうのを独断というのですがこれはこれで楽しいもの。向田は加代の過去については口をふさぐ、菊男というのが健吉の孫(25歳)ですが加代と会ううちに「この人に、聞いてみたいことがあった。どこで生れて、どういう育ち方をしたのか、しあわせだったのか不幸だったのか・・・」とつぶやかせるのですが、こう続く「だが、この人の笑い顔を見ると聞けなかった。そういうことを聞かせないものが、あった。」(395ページ) くったくのない「人なつっこい笑顔」の加代、「生きる」の小田切みきの笑顔がそんなイメージ。加代は西瓜色のマニュキュアを健吉にねだるのですが「生きる」の小田切はストッキングを買ってもらってのぼせる。加代は西瓜色に子どもの頃の夕焼けの空を重ねていたんじゃなかろうか、というものこちらの勝手な空想ですが。
「加代ちゃんがいた」と向田に役を指名された藤田弓子にとってこの役は一生の財産だったと思いますね、まさに藤田の文章を支えているのは誇りではなかろうか。それにしても愛人役と聞いた時は吃驚したことだろう。團が語った「これほど人の気持をわかる方も珍しい」ということばは藤田の「解説」で綴られているように幼くして父親を失くした藤田に向田がかけた一言にも表われている。加代ちゃんを演じることができたこと、向田に役を依頼されたこと、これが誇りでなくてどうする。
どうしてふたりの情景がこれほど魅力的なのだろうか、みかん踏んづけたり洗濯物の取り込みにダメを出されたり「そのひとことで大分県」とかグダグダしてるだけなのに。しかし、こんな想いもさりげなく交わされる・・・  続  <4月18日>

▽春の陽射しを受けて桜の花びらが風に舞ってチラリチラリと川面に降りて浮かんでいる、昨日のちょっと弾んでくるような暖かな日はしみじみとしてしまいますなぁ。そんな季節がめぐって夕暮れの色も少し変わってきていますね、谷内六郎の画のような深みがあるような感じ。
さて、高峰秀子から佐藤忠良―安野光雅と続いてそのラインに團伊玖磨をはさんで向田邦子へつなげてみたい。キィワードは「普通」、そうなるとどうしても向田邦子を外すわけにはいかない。

高峰と同じ世代の團伊玖磨は食いしん坊で生活のカケラにゆったりとした光をあて、優雅というのかしなやかな大人。「パイプのけむり」の高峰秀子登場のところなど持ち前の好奇心がむっくり動き始めて細部へ飛んでいく。團と高峰は「いっぴきの虫」にも対談が掲載されていますが闊達ですねぇ、どこへ話がころがっていくのか実にスリリング、それにしてもヌエみたいな人とはよくぞ云ったものだ。いつも感じるのですがこの方には湿気がない、高峰がそんな團の対極に真面目につきまとう陰湿さを見逃さないのはさすがだと感心してしまいますが團の発想には除湿機をさぁっとかけたような清潔感があるようだ。窓はいつも開け放たれている。

團と向田邦子は『「食」は文化なり』と題しての対談が活字化されている。向田が亡くなった年の正月の対談だった、蟹だ海老だと、世界を歩き回ってどこそこのがどういう味だとか日本の食はまったく特異で開かれていることなど喰べ物談義に終始していて教訓的なところはこれっぽっちもない、終わりの頃に「私ね、まだ私の食べていないものがこの世の中のどっかにあると思うと、長生きして食べたいと思います。」と向田が話し「いいことです。あなたは必ず長生きします。」(オール讀物 1989年1月号 185ページ)と團が応じている。團からのエールだったのでしょう。淡々と交わすことばがしっくりかみ合い、そのことを團は「向田さんはとてもデリケートな方でした。・・・これほど人の気持をわかる方も珍しい」(注1)と記しているのだろう。とても気分がいい対談だった様子が伝わってくる。力みもなくこれみよがしもなく要するに普通へ流れる。向田の残した仕事にもそんな味があると思う。

(注1)傍証を引いておこう、「何だって想い出」というタイトルで鴨下信一がこう記している、「・・・自分のつれていった店では必ず先に箸をつける。で、こちらが一口喰べて『うまい』といったところで、『おいしいわね』と合いの手がくる。先をくぐって『おいしい』などと押しつけがましいことは決して言わないのである。なんともいい段取りで、いい間(ま)で、こんなことをいってくれる女(ひと)がほかにいますか。」(向田邦子作品集2 幸福 月報2)


どこかで見たようなどうってことのない「普通」をリアルに組み立てる向田邦子の手腕は当サイトが普通の天才と秘かに感嘆しているもの。タビックスはいた若くもない女とくたびれたチャンチャンコ羽織った年老いた男の話、ご存知でしょうか。シナリオ「冬の運動会」。幸いなことにシナリオ集が昨年復刊されたから(岩波現代文庫 向田邦子シナリオ集)いつでも読むことができる。そこに普通(の奪還)が躍動している。このドラマに出演した藤田弓子の解説が「冬の運動会」(文春文庫 ただしこの文庫は向田のシナリオではなくリライト判の小説)にでています、わずか7ページのものですが向田邦子をめぐる最も優れた随筆のひとつ(だと当サイトは信じている)。向田が見据える「普通」のなんと密度が濃いことか、魅力的なことか。
その前に高峰が記した演技論と向田の目がほとんど同じではないかという一節を引いておきたい、竹脇無我との対談での発言、竹脇さんは演技賞というのを取ったことがあるかと尋ね、ないと答える竹脇に「残念ね。私は台本書きだから、演技のことは良く分からないんだけど、間(ま)を全部自分のほうでとって、目いっぱい演技をする人と、物事の内法(うちのり)で芝居をする役者さんと、二通りあると思うのね。
 私はね、たとえば名前を出すと、八千草薫さんとか竹脇さんというのは内法で演じる、とってもいい役者さんだと思うのよ。にもかかわらず、日本の評論家のかたたちとか賞をくださるかたは、わりあいと認めてくださらないのね。目いっぱいやる人を名演技と思う悪い習慣があるんじゃないかしら。」 
そして向田らしいことばが続く「日常性というのは、少し内法のところで動いていくものでしょう。控えめに笑ったり、控えめに泣いたり、感情が抑制されているほうがすてきだなと思うのね。」((「向田邦子全対談集」昭和57年 世界文化社 136−137ページ)、高峰はあたしはエプロンと下駄の人です「いつの場合にも普通よりちょっと控え目にしておくのが大事なんです」(君美わしく 文春文庫 19ページ)と話しそこから品がでると続けていた、向田は控え目に「趣味のよさ」ということばをあてている。 4月12日