▽まったく思いがけないところから意外な読書論に出会った。きっかけは出久根達郎「古本供養」(河出書房新社 2008年)。そのなかに「根っこと翼」というわずか2頁の短い紹介があって、そのタイトルに目が止まった。よもや当サイトが取りあげることなどないだろうと思っていた方の本の紹介だ、出久根は「・・・私のとっておきだから、お客さまにも是非大切にしてほしい。この本は何度読んでも、興味が尽きない」と記している。
本は「橋をかける 子供時代の読書の思い出」(すえもりブックス 1998年 美智子皇后)、早速原文にあたってみました。本文は30ページに満たないほどのヴォリュームですがもう冒頭のことばにまいってしまった。「生れて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きています」(4ページ)とある。タイトル通り幼い頃からの読書体験を振りかえったものですが、ご自身が少女時代にかけた本への橋を一つ一つ丹念に掘りおこしていく。戦時下勇ましい掛け声が支配的だった時代に人の悲しみ喜びを教えてくれた「日本小国民文庫」(「世界名作選」)についても触れていますね。
かける橋は自分自身にも向けられる、内と外へ繰り返しかけ続けられる橋、そうして人は成長していく。本は人の悲しみや喜びの「根っこ」を気づかせてくれて世界を探り光を求める「翼」を与えてくれるという。
読み進めていくと自然に“本を読むってこういうことだったんだな”という忘れていた原型を想い起こさせてくれます。大人になってあのみずみずしい読書の時からずいぶん隔たったところへ自分を追いやってしまった、とは自戒を込めての想い。
「どのような生にも悲しみはあり、一人一人の子供の涙には、それなりの重さがあります」(24ページ)、しかし子供には「喜びに向かって伸びようとする心」(同)があって微妙なバランスをとりながら成長するものだという、パッと輝く子供の表情が教えてくれるのはこれですね。「自分の心を高みに飛ばす、強い『翼』」(17ページ)とも言い換えられていますが子供は自らの力で希望を取り戻し翼を整え直して何度も飛翔を繰り返す。本はまた世界が単純ではないこと、「複雑さに耐えて生きていかなければならない」世界があることを教えてくれる。
読書という生活からもれたことばとしてこの本から高い空から世界を俯瞰しているような大きさと小さな命を支え、重ね合わせ、力を育むダイナミズムを感じた。帰ってくるところはここだな、という懐かしい響きのようなもの。
橋をかけるといえば一冊の本を読むと別の著者の本へも橋をかけていくことがあります、かけ橋というより補助線を引いているだけかもしれませんが。当サイトはこの著書を読みながら(時系列から云えば読み終わってから)加賀美幸子の「やわらか色の烈風」(ちくま文庫)や高峰秀子の「にんげん住所録」(文藝春秋
)、岩谷時子の「愛と哀しみのルフラン」(講談社)とあの歌詞、そして向田邦子の「眠る盃」(講談社文庫)をところどころ重ね合わせた。いい本は予想していなかったさまざまな想いを雨垂れのようにポツンポツンと気づかせ広げてくれる。どの本も共通して、向いている方向が同じように感じる、そこにある世界はかけがえのないものばかり。向田が「初めて手にした本は、初恋の人に似ています」と記し、すぐ続けて「初めて身をまかせた男性ともいえるでしょう」とドキッとすることを書いている。  <3月13日>
▽そっか、3月は別れの季節か、「浪速の華」最終回(3月7日 NHK総合)を見ながらふとそんな想いがこみ上げてきた。いい場面の連続でした、花咲き誇る春の庭で負傷した左近の手をとりながらもうタマラナイッとばかりにガバッと抱きしめる章、「何年かしたら必ずまた大阪へ戻ってくる、それまで・・・」(章)「それまで、なんだ?」(左近)とかわしながらも「オレは忘れないぞ!」の叫びに人込みを足早にすすむ左近の足が一瞬止まって頬にひとすじの涙。ボーイ・ミーツ・ア・ガールで始まった物語でしたが左近と章というヒロイン・ヒーローは魅力的でした。澄んだふたりの眼が忘れられないものになりそう、さらばサコン、アキラ、。 <3月9日>

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2009年3月