△ 承前 この対談でおかしいのは高峰が池部にハッパをかけているところ、「あと十年ぐらい頑張らなきゃだめよ」だって。よく言うよ、自分はさっさと引退しといて。池部の反応はこうです、「えーっ、頑張るって、誰が?」。笑えるでしょ、ここんところ。高峰はすまして言う、「あなたがよ。」(ハイミセス 1992年1月号 79ページ) 今回再入荷した大宅映子との対談でも高峰を前にしてさすがの大宅も身体を縮めているような感じがあります。子供の話題で大宅のお嬢さんを「あなたも相当パーとしているのに、どうしてあんなにいいお嬢ちゃんになるのかな。」、すぐそのあとで「あれ、くれる?」と高峰。大宅は別によかないですよ≠ニ謙遜していますが嬉しい一言だったことでしょう。(「女の自立と心意気」184−185ページ)。ズバズバものを言う高峰ですが実に健気なところが顔をのぞかせる。「映画をたずねて 井上ひさし対談集」(ちくま文庫)での高峰は老後と死がテーマなのかと思わせるほどですが最後のところでこう語る、「私は七十七歳ですが、なんのかのと言っても私の人生は幸せだったと思います。・・(略)・・でもね、このトシになっても分からないこと、知らないことが多すぎる。せいぜい井上さんの著書を読んで勉強したい。読書が一番の楽しみ、なんて優雅なもんでしょ?」(320ページ)「知らないことが多すぎる」と言う高峰ですがこのことばはそっくり「巴里ひとりある記」にでてくる、逃げたらおしまいだ私は逃げないと続くのですがパリの教会で独り佇みながら高峰はそう考えていた。この健気さはさまざまに変型していくにせよ高峰の最良の、そしておそらく非凡な資質(のひとつ)ではなかろうか。実際、「巴里ひとりある記」のどこが良いかと考えるとあれやこれやを捨てていくと残るのは健気さ、当サイトはそう思っている。
さて、冬から春へ季節は移ろい、高峰秀子の追悼特集がキネマ旬報4月上旬号に掲載されるという、来週あたりに書店に並ぶのかな。じっくり読ませていただこう。それにしても高峰を語るべき方々はもういないという思いもある。共演者の名で追っても小林桂樹も池部良も田村高廣もいない。高峰秀子の系譜というものがあるとすれば誰がそのバトンを受け継ぐのだろう。あるいはそんな系譜も邦画5社の崩壊とともに消えてしまったのかもしれない。そうだとしても高峰の著作(そしてことばの)系譜という線があるんじゃなかろうか。漠然とそんなことを考えながら春の訪れを待つとしよう。次回あたりで高峰本の特集を組む予定ですのでまたお立ち寄りください。 <3月11日>
△ 友だちから木皿泉の記事が雑誌にでてたよと教えられのこのこ図書館へ。AERAの2010年10月25日号にありました。最初に木皿夫婦の写真が一面にどーんと掲載されてフツーのおばさん、おじさんという感じで写っている、いいぞこの感じ。タイトルは「現代の肖像 脚本家木皿泉」、本文の見出しは「日常を輝かせる魔法のドラマ」、書き手は島ア今日子。おふたりの生い立ちからQ10製作開始までをまとめている、読んでいくとすぐ、これはあのシーン、あれはこの場面だとイメージが浮かんできて笑っていいのか泣いていいのか。例えば、木皿(大福さん 「二度寝で番茶」にならって夫は大福 妻はカッパと表記します)が向田邦子賞(「すいか」)の後で倒れ要介護に、左半身が麻痺、リハビリを経てようやくプリンが食べられるようになった日。「スーパーに足を運ぶと、彼が倒れて以来灰色一色だった店内でプリン売り場だけが光り輝いて迫ってきた」(65ページ)とカッパさんが語る。Q10を見た人はピンときますね、同じ趣旨の台詞がドラマに流れていました。木皿ドラマが滲みてくるのはこういうところからでしょうか、自分の中を通過しないものは書かない、自分の中に沈殿して発酵したことばだけを書くという頑固さ。シナリオ本の「あとがき」を読んで、ああ、だから第7話なんだとストンと落ちてきた。とても上っ面をなでて書けるモノローグだとは思えなかっただけに納得です。ひとつ気になるのはカッパさんが「私にはずっと死のイメージがあるの」というところ、向田邦子が一瞬重なった。向田にそれがあるというのではなくて逆の意味で避けていたという指摘を思い浮かべた(注)。セクロボあたりから強烈にそんな翳を感じさせる。ニコが崩れ落ちたプッチーニ前篇のラストはカッパさんの姿だったのか? こう書いたからといって木皿作品は暗くユウウツに固まっていくわけではない、「ただいまーぁ」「お帰りーぃ」が元気に繰り返される限り、人はつなぎとめることができる、そう教えてくれたのも木皿泉なのです。本文にもあるように視聴率がどうであれ木皿作品には何十回となく見続けるコアなファンがたくさんいる。当サイトも例外ではない、そして同じ匂いの(広い意味の)作家たちがでてきていることも心強い、寒川猫持 武田花 土橋とし子 石田千。木皿泉を成り立たせている世界は案外広いのかもしれない、もちろん木皿ドラマを見続けている<私>もその世界の一員なのです。 <3月11日>
(注)「NHK知るを楽しむ 私のこだわり人物伝 向田邦子」 (日本放送出版協会 2005年)の向田和子と大田光の対談(第4回)を参照)。前にも書きましたがこの冊子は向田邦子についての最良のもの。
△ 注目の新刊書 載せるのが少し遅れましたが木皿泉の「Q10シナリオBOOK」が双葉社から刊行されている(1月23日第1刷 定価1,680円)。横浜駅近のU書店ではファンの書店員がいるようでこのシナリオと木皿泉特集の「Otome」という雑誌(大田出版 Vol.4 1月21日刊行 定価997円)が並べて置いてありましたから一発で両方とも買うことができた。有難い。
Q10の最終回の後で木皿泉が疾走していると書いたのですが泣きながら走っていたんですね、「疾走」と書いたのはゴールに着いてヘタヘタとしゃがみこんでしまったんじゃないか、と感じたからですが第8話の前にそうなっていたんですね。「Otome」の羽海野チカとのロング対談とプロデューサー河野英裕とのインタビューからそんな制作の紆余曲折がリアルに語られている、ファンには見逃せない1冊になっています。
さてシナリオですが「あとがき」で「私たちが死んでしまった後に、この本を開いている人もいるかもしれない。」とギョッとするようなことを書いている、「そんな人たちのために言っておきたい。」と。
(行が替わって)「こんなささやかなドラマを見て、慰められた人もいたということ。このドラマを作るために多くの人が、泣いたり笑ったり怒られたり、一生懸命だったり、死ぬほど考えたり、でも最後にはやって良かったと思ったりしたこと。」
(行が替わって)「2010年、私たちは、まだ物語の力を大真面目に信じていたことを。」
もう随分時間が経つのに投げ込まれたQ10の波紋は未だに消えない、木皿泉が伝えたかったことはそれほどに強烈、ドラマ全体が一篇の詩のように迫ってくるのだ。河野英裕が「あの人にしか書けない確固たるものがある」(Otome 42ページ)と語っていますが同感です、「確固たるもの」・・・確かにありますね、木皿泉が掲げている旗はかけがえのないもの、少なくとも当サイトにとってはそう言うしかない。「同じ風は二度と吹かない」(第3話)、あのドラマをリアルタイムで見たことの幸せを若い方たちはこの先何度も噛みしめるのではないか。
おっと、忘れちゃいけない、木皿ファンの書店員の方にもお礼を言っておかなくっちゃ、「若けえの、ありがとよ」(放送されたセリフはこれだったと思いますがシナリオでは「兄さん、ありがとよ」(218ページ)。 <3月1日>
△ 承前 「ハイミセス」(文化出版局)という婦人雑誌があって1992年の1月号に高峰秀子と池部良の対談が掲載されている。当サイトも昨年の秋にこの対談を見つけたのですが新春対談として「お久しぶりです デコちゃん・良ちゃん」のタイトルで8ページある。これが微笑ましくていいんですよ、撮影所時代の同窓会といった雰囲気。初対面は高峰が十六歳ころだったとあり、それでも十年くらいは高峰が先輩、撮影所は先輩後輩の序列に厳しいタテ社会だからまだ少女の高峰だからといって同列に見ているととんでもないことになる、その辺りのことは池部の「山脈をわたる風」(小学館 1993年)に詳しい。おっとり風情のニューフェイスに「ばばばばっと言」っても悪気はなかったという高峰に「悪気がなくたって脅すじゃない。いや、口は怖ろしかった」(池部)と答えている。続けて「とってもかわいくてさ、きれいでさ、一見やさしそうでさ。」そんな女の子からズケズケ言われるから「・・ぎょっとなる。それはあいすまんことでございました。(笑)」と高峰。 <続> 3月1日
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2011年3月