▽ 承前 対談の名手吉行淳之介から学んだことは会話の流れに逆わらないこと、「抽象的な話より具体的な話の方が、人間の深淵を言い当てること」だというのは和田誠(「また、近いうちに」大和書房 1986年 103ページ)。前にも書いたことですので繰り返しませんがキネ旬の追悼勝新太郎特集号での和田との対談(1997年)には唸りました、そして和田と森繁久彌との対談も森繁が「恐しい方ですね」と答えたようにあれもこれもと森繁の出演作を観ている和田に驚いている(「話の特集」昭和61年11月号 近日アップの予定です)。和田の対談は演技論とか映像論とか観念に逃げないですこぶる具体的なのだ。文学者や人文学者たちの対談は前提としているテーマやそれぞれが思い浮かべている事柄が具体化されていないために何がなにやらチンプンカンプンで呆然としてしまうことが少なくない。当方の頭の問題だと思っていたのですが(それもアリですが)対談の、つまりは会話が抽象的でホントは自分でも判っていないのにハッタリまで繰り出して喋りだすから空回りをしているのではないかと疑ってしまう。70年代前後の論壇は瞑想談義がやたら目についたのではなかろうか。
大地と和田の対談は普通のことばでキチンと具体的に話が進んでいく、最後に大地が「今日はあんまり人に言ってないこと言っちゃった」と話しているように中味が濃い。長田の「欲望」では東映時代の履歴を消すことに大地がこだわっていたとあり(重要な証言者として山城新伍がでてくる)、なぜ末梢したがったのかについても筆を進めているが和田との対談ではあっさりその時代のことも語っている。短く合いの手を入れ問いかける和田の会話は話し手から見れば川の流れを遮らずコロコロ転がっていく川底の小石のようだ。例えば映画時代の話題で「僕は、日活の『花を喰う蟲』見てるんだけど」の一言をはさむことで一気にリアルになっていく。 続 <12月2日>
▽ 承前 「芝居そのものが好きなのか、女優であることが好きなのか」と問いかける和田とのやりとりは映画監督あるいは演出家であり脚本家でもある和田と一途な女優とのかなり密度の濃い対話として読むことができる。当サイトではとても口をはさむことが出来ない世界。一段落したところで和田がひょいと血液型を尋ねている・・・
大地「私、A。大体Oに見られるんです。カラカラ笑うから。」 すぐ続けて「気の弱い反動なんですよ。」とエッと聞き返したくなるような答え方をしている。
和田「気が弱い?」
大地「弱いですよ。」
和田「くよくよしたりするの。」
大地「本当はね。でも、それを見せない。家に入ってひとりでくよくよするんです。反省ばかりしてるんですよ。」 [注]
「奔放」と噂された女優が一人でくよくよして反省ばかりだという。長田の「欲望」では大地がたった一度だけ結婚した相手への聞き取りを断念した経緯が記されている、ところがこの後に続く和田との会話では結婚への心づもりについて(そして破局の暗示についても)話している。和田が「素敵だねえ。」とポツリと受け答えをしているところ。
大地が語った結婚への心構えはやはり奔放とはほど遠くむしろ古風という方があたっている、「素敵だねえ」と小さな拍手を送った和田は優しい方だ。普段話さないことを言ってしまった大地にとっても気持ちの良い時間だったのでしょう。
[注]引用は『話の特集』昭和60年2月号。後に「インタビューまたは対談」第1巻に収録。 <続> 12月9日
▽ 承前 こう書いたからといって大地が奔放な恋多き女ではなかったと言いたいのではなく、人はそれぞれの振幅を持ちながら多面な顔を見せ、簡単に括れるものではなくハミでてしまうところがむしろ面白いということだけなのです。ひとつに括れば判りやすいけれどそこからこぼれ落ちるものに真実が隠れていたりする、光と翳が絡み合い菩薩の温かさと刺すような冷やかさが同居する。
先日アップした佐藤忠良の本「触ることから始めよう」、子供をデッサンした表紙を眺めながら娘さんである佐藤オリエのことが気になって書庫棚を追いながらもしやと思って「女優であること」(文藝春秋 関容子)を引っ張り出したらビンゴ! 佐藤オリエがそこにいた。その話が絶妙。役者になりたいって父に言ったら、反対されると思っていたのに「・・・そんなことはなくて、じゃあ五十歳になって本物の役者になれ、って言いました。兄が医者になりたいと言ったときは、金儲けの医者にはなるな、って言ったし、そういう父なの。・・中略・・今の世の中、早く花開かないとやっていけませんよね。でも父は決してゆるぎませんでした。役者になって、十年間は稼ぐなんてことは考えないでやる、って約束するか?って、言われましたよ」(170ページ) 元はと言えば佐藤忠良の名は山根基世の本で知り、“50歳になるまで喰えなかった、けれど真面目にコツコツやっていれば誰かがきっと見ていてくれる、そのうちに何とか食べられるようになった”というエピソードが強烈だったからです。娘の佐藤オリエも「父が彫刻で食べられるようになったのは、五十歳ごろからですよ。有名な『帽子』の連作だって、六十を過ぎてからですもの」(167ページ)と話している。当サイトは90歳を過ぎた日本の誇るべき人といえば岩谷時子と佐藤忠良だと思っています、その顔のすばらしさ。斎藤明美の「最後の日本人」の佐藤忠良の章はやはりというべきかその「顔」から書きだしている。ゾクッとくるような凄いことをこの本で言ってますよ、ひとつだけ引用させていただく。
「いかに深くなるか。紙一重で俗になる。『これは売れ口だぞ』なんて思った途端、ダメになる」(「最後の日本人」斎藤明美 清流出版 281ページ なおこの本にも佐藤の写真が掲載されている、まあ見てみてください、ただただ呆然と見つめるばかり。
横道にそれてしまった、実は「女優であること」を引いたのは渥美清や若山富三郎、勝新太郎のエピソード、その意外性なのです。渥美清を語る佐藤のことばがこうなのだ、「その人の話す言葉が絵になる人と、音楽になる人といると思うけど」と語りだす、エッと思わず読み返してしまった。そうなの? ことばが絵になるか音楽になるかっていう捉え方じたいかなり特異ではなかろうか、「渥美ちゃんはその両方だった。彼の話を聞いていると、そのへんに星がキラキラしちゃって、音楽のように聞こえる。」 TVの「若者たち」で佐藤に注目した渥美は「泣いてたまるか」で指名してくれた、同じくTV版「男はつらいよ」にも出演し映画の「男はつらいよ」第2作にも散歩先生(東野英治郎)の娘役として出ている。心にかけてくれた渥美は皆でお金を出し合ってTV「智恵子抄」出演の時に「父に智恵子像の彫刻を頼んじゃって、打ち上げの日に私にプレゼントしてくれた」という。さらに、言い寄ってくる男たちに対しても気にかけてくれた。渥美も後に共演した若山富三郎、勝新太郎兄弟も佐藤を大切にしてくれ近寄ってくる「イワシ男」から守ってくれた、と。
当サイトの勝手な推測ですが守るべき何かを渥美や若山・勝は一瞬のうちに佐藤オリエに感じとったのではないだろうか。そんな父なんです、ゆるがない人ですと語る娘と十年は稼ぐことなんか考えるなという父、そんな親子だもんなぁ。それにしても「星がキラキラしちゃって」とはどういう感度の方なんだろう。さて、その佐藤オリエと大地喜和子は同じ世代(1943年 昭和18年生)。大地には見守る人はいたのだろうか。 続 12月15日
▽ そんな投げかけを受けとめているのが長田の「欲望という名の女優」かもしれない、この本に登場してくる大地と関わりのあった方々は見守る人たちの証言集だとも読めるからです。例えば可愛い後輩だったと語る加藤武(「街のにおい 芸のつや」)と北村和夫(「役者人生・本日も波瀾万丈」)は大地を喪った哀しみを綴っていて胸を衝いてくる。加藤武は「顔つきだけでまわりから敬遠されていた私にとって、これは稀有な出来事だった」─ 稀有なこととは近寄りがたい加藤の風貌を気にもせず大地が「人の懐にいきなり飛び込んできた」からだ。文学座に入った時から大地は開けっ広げで「喜和子とは、あっという間に親しくなった。といっても変に馴れあわない、程よい節度をきちんと保って、目立たぬ気づかいを喜和子はしていた。・・略・・喜和子は、本当に可愛い後輩だった。」(新しい芸能研究室 1993年 「あとがき」) 北村にとってもどちらが先輩だか分かりゃしないとあきれるほど芝居に打ち込む大地を語っている。「欲望」でも加藤と北村の話が丹念に再構成されてふたりがどのように大地を“見守っていたか”を詳しく知ることができる。さらに(俳優座の)同期、東映時代の同期、先輩、演出家、劇作家、そして独立した章まで設けて大地とプライヴェートな関わりがあった高名な役者たちが大地を語る。どのことばも大地を語る気持ちは熱く、幸せな人だったんだな、と思いますね。まったくスキのない時間が流れていてその濃厚な人間関係には特有のものがありそう。その激しさ。しかし、たくさんの見守る瞳が注がれていた「大輪の花」大地の幸せは北村がポツンともらした「深い哀しみ」と隣り合わせだったのだろうか。「欲望」の著者長田は大地を追い、かかりつけの担当医にまで取材をしているのですが“どうして?”と立ちすくむしかない淵まで辿りついたように見える。母親あるいは出生のこと、寿命のこと、こんな浅いところでどうしてという事故現場のこと、病のこと・・・ここから先は分からない翳が立ちはだかる。無責任な推測を抑制して長田は「いとおし」の言葉で著書を閉じる。当サイトが感じた無念はまだまだ現役で続けることができたのにということはもちろんですが一歩が踏み出せない<私たち>を蘇生させる女優がいなくなったという感情に近い。大地が召された後の時間はそこだけポッカリ空白が占めるような印象すら感じる。「欲望」を読みながら浮かんだ音楽は山崎ハコの「サヨナラの鐘」でしたが・・大地喜和子にはエンド・マークは果たして打てるんだろうか。なぜかそんな気持ちに捉われる、不思議な人です。 <12月22日>
▽ 先日(12月初旬)NHK・BS2で放送されたニュープリント版の「おとうと」(監督市川崑 脚本水木洋子 1960年)素晴らしかったですね、冒頭で現在残されたフィルムは公開時の銀残し版ではないこと、当時のプリントを再現するために加工をほどこし編集者にチェックを依頼し、OKが出たことなどを説明していました。市川監督は大正時代の色をだしたいとキャメラの宮川一夫と相談して明るい色を抑えたモノトーンが少しかぶったような色調で撮っている。岸恵子が素晴らしい、田中絹代が森雅之が川口浩、岸田今日子が素晴らしい(ハッと驚くほどの美人看護婦として江波杏子がいる)、夕暮れの景色が街並みが立ち居振る舞いがことばが良くて、あゝ映画だという幸福感に包まれました。2010年1月号の岸恵子と吉永小百合の対談(「家庭画報」)では市川崑と初めて組んだのがこの「おとうと」で最初は途方に暮れたと話している。どう演じたらいいのかと監督に聞くと「ポカアッと口をあけてごらん」という、炊事の場面でそうしたらスッと人物に入っていけたと。「あの人ねぇ、魔術師なのよ。」(岸恵子)というのも可笑しい。「どら平太」(2000年)の浅野ゆう子もこの人はこんなに上手い女優だったの、と再発見させてくれたしいったいどういう感覚の持ち主なのか。市川作品はどこか画面に流れている空気がきれいな、そんな感じを受ける、光のトーンのせいだろうか。やはり岸恵子が主演した「かあちゃん」のビデオ録画も再度見たくて捜しているのですが年末掃除のゴタゴタで行方がわからん。 <12月29日>