▽当サイトの2007年度の収穫となるとやはりTVドラマ「セクシーボイスアンドロボ」に落ち着く。あの独特の世界、どこか「哀しい、哀しい匂いがする」通低音が響いていて爽やかな痛みと懐かしさに満ちていました。その角を曲がると世界はずっと複雑で激カラでお値打ちの「とにかく私が考えていたのとはまるで違う世界だった。」 こんな始まりでしたね。台詞とナレーションが良くて、シナリオ本が(未だに)刊行されていないのが無念。放送ではカットされていましたがDVD版に知り合った三人が誕生祝という設定でケーキのローソクを見つめている第一話にこんな台詞があります。
R(ロボ) M(三日坊主) N(ニコ)。シナリオ未発表のため映像からの採録。
炎を見てるとおごそかな気持になる、イヤなことも多いけど生きていこうって気になると云うロボ。三日坊主が判ると応え、イヤなこと(=仕事)の話題に降りていくシーン。
N:ロボも仕事してんだ。
R:オトナは食べていかなきゃなんないんだよ。それはものすごく過酷なことなんだぞ、ねえ(三日坊主に)。
M:過酷です。
R;仕事ってものはそりゃ厳しいもんだから、ねえ。
M:仕事はやりたいとか、やりたくないとか関係ないですから。
N:じゃ、仕方なく仕事してんの?
R:うん、まあ。
N:仕方なく暮らしてるってこと?
R;まあ、ある意味ね。
N:ふぅーん、仕方なくご飯食べて、仕方なく年とって、仕方なく死んでいくんだ・・・。
ロボも三日坊主も沈黙、投げ返すことばが見つけられない。ニコがケーキの灯りをフッと吹き消し画面暗転のなかで声だけが響く。
R:なんでそんな暗いハナシで消すんだよ!


このドラマは現実の殻を打ち破れとも踏み出せとも云わない、見下ろすのでも見上げるのでもなさそうだ。私たちの毎日にも、例えそれが瑣末で退屈で怠惰だとしても「世界」がある。ドラマの中の絵空事は私たちの日常へピッタリ寄りそってきて“人としての暮らしや想い、関わり方ってこうだよね” と語りかけてくる。そこから浮かびあがってくる詩のような世界が時として哀しみの色が濃いのは現実の反映なんでしょう。取るに足らないようなこと、見慣れている風景、大きな声が伝えない想い、それらをもう一度振り返ってみようかな、という気持にさせてくれる。この住人たちのドラマにもう一度会いたいと願うのは、やはり痛みと懐かしさと安らぎが込められているから? <12月30日>
▽いいテレビ番組なのに視聴率がついてこないことで唯一気がかりなのは優れたライターやプロデューサー、演出の方々の仕事がやりにくくなるんじゃないかということ、企画が通りにくくなったり注文が減ったり。視聴者からの声援もあるのでしょうが例えばどんな(つまらない又は良質な)ドラマにも固定のファンはついているから「良かった」と云っても数字の低いものの声は届きにくい。質の判定を怠っているメディアも困りもの、といってもこれは期待するほうがムリかな、というぐらいのテイタラク。「批評」がなく視聴者の「声」を代弁するというかたちですり替えているばかり。向田邦子の云う「内のり」の演技ならぬ内のりの批評が聴きたいんだけどなァ。量ばかりのテンコ盛りはもういいんじゃないか。
▽待っていた1冊、小松政夫「のぼせもんやけん2 植木等の付き人時代のこと」(竹書房 定価1,680円)が刊行されました。早速読んでみたところ・・・、すぐピンときましたね、この感触。ドラマ「歌姫」と同じ血がここにも流れてますよ。好きですきでたまらない人をもつことが出来た「誇り」と昭和黄金時代を染めた一途な純情。付き人の期間はわずか4年だったとありますが、なんと濃い、そして熱い時間が流れていることか。
▽植木等については昨年の「芝居語り 渡辺えり子対話集」(2006年 小学館 定価1,365円)が面白かった。植木の他にも加藤治子、名古屋章、白石加代子、すまけい、伊東四朗などが登場していますが共通しているのは芝居の話題の中に日本(人)が戦中・戦後、そして今、何を創ってきたか(創れなかったか)、何を喪ったかについての並々ならぬ関心が著者(聞き手)にあること。何か強烈なものが底に流れていて語り手を触発してやまないところが見えます。渡辺が植木等に惹かれたのは「ある種の含羞」ではなかったかと書いている。小松政夫が「品」と呼び<身を律しているような生き方>(「知るを楽しむ 植木等」小松政夫)と語っていることの別の表現でしょうか。 <12月28日>

▽ドラマ「歌姫」最終回ご覧になりましたか。どういうラストを迎えるのかハラハラしながら見ました。昭和から平成へ繋いでいったんですね。世代へのバトンタッチをチラッと示しながらのエンディング。最初は重喜劇かなと思いましたが純情と家族(その土地の住人たちも含めての)、そして魂の物語だったようです。鯖子(斎藤由貴)─ 彼女にはすべてが判っていたんじゃないか、“楽しかったにゃあ、ガンバルゾよ”とジッと眼を見つめながら激励していた場面。人は思い出だけでも生きていける、とは誰かが云っていたことば。小林旭と浅丘ルリ子(そして裕次郎も)がいつも背後から見守っていた。皆で夢を共有できる映画と映画館の物語でもありました。オール・ハッピィ・エンドにはなりませんでしたが純情が似合う時代ってあったんですね。心に響いてくるいいドラマでした。余計な一言ですが鈴の辛さはかって木下監督が撮った「野菊の如き君なりき」(1955)の系譜に、そう民子の純情に重なるような感じがしましたが・・・。
▽どうも最近良質なドラマなのに視聴率がふるわなくて製作に関わる方々を「苦しめて」いるんじゃないかという印象が強い。今期のTBSドラマは軒並み数字が良くないというデータを下敷きに、「長瀬と昭和、暑苦しい」という言い方でバッサリ斬り捨てている新聞記事も目にした。いろんな人がいるんだなァと驚きましたがたぶんその記者、お疲れだったんでしょう。オトナも子どもも忙しい「過酷な時代」だから時間から少しは解放されて向き合う気持がないとついていけないTVドラマかもしれない。翳や暗闇を秘めた明るさではなく陽気というだけのノッペリした明るさの方が気楽で気分転換になるということかナ。“楽しかったにゃあ、ガンバルゾよ”の台詞は(製作も視聴者も)ひとつのドラマに真正面から向きあった人たちには響いていたことでしょう。 続 <12月23日>
▽久しぶりに「すいか シナリオBOOK」を読んでいると友達に“あれも木皿脚本だよ”と教えてもらったのが「野ブタ。をプロデュース シナリオBOOK」(版元はともに日本テレビ放送網 ただし品切)。続けて読んでみた。野ブタはテレビ放送を見ていませんが読みだしたら一気に読んでしまう、オモシロイの何の、(魅)力がありますね。こうだああだと解釈してまとめてしまうのがモッタイナイほど、台詞やナレーションをそのまま置いときたいような独特な世界。小谷信子は誰が演じたんだろう、こんな少女像(高校2年)を創りあげただけでも凄い。キャサリン、ゴーヨク堂店主も気になる。調べればすぐ判ることではあるのだけれど知らないままにしばらくはソッとしておこう。さて、この次に「セクシーボイスアンドロボ」(以下、ボイスと略す)がくるんですね、すいかを読んでいるとあっ、ここはボイスだ、ここも、というのがよく判ります。野ブタにも言えることですが。おまえは10円玉でいろ、なんて台詞にはまいりました。死ぬまでロボットいじってろ、にリンクしてくるんでしょうか。ボイスのDVD版を見ると放送ではカットされた台詞やシーンがありますが、問題は放送中止になった7話。ドキュメントタッチとディスカッション(参加型)のドラマになっていてある世界がスープのように煮詰まりいい味になっていく。コミュニティが創りあげられていく感じ、7話は再放送の際は除け者にするべきではない、リッパなものです。「いて良し」この回も。
 続  <12月18日>
▽今月刊行の文庫のなかで目をひいたのが「夢を食った男たち 『スター誕生』と歌謡曲黄金時代の70年代」(阿久悠 文春文庫 670円)、道草文庫版が絶版になって入手しにくい1冊だっただけにおすすめです。70年代ドキュメントの傑作、解説は三田完。 <12月15日>
▽2007年もあとわずか、普段より時間の流れが気になってしまう師走は本を読むには絶好の季節かもしれない。本を読む時はちょっと時間が止まるようなところがあっていつもと違う一時を過ごせるような気がする。もっともそんな時間を作れるかどうかということもあるでしょうが・・・。さて今月から色川武大(阿佐田哲也)関係の本を(窮屈になってきた)「奇人・変人・天才」から「とてもかなわない」のコーナーに引っ越ししました。いろいろ手を加えたいところがまだまだ他にもありますが少しずつアレンジしていきます。
▽テレビだとビデオが普及していない70年代初期のものですら多くは映像が残されていないとのことですがラジオはどうなんだろう。古い新聞を縮少版で追っていくとそれがテレビ、ラジオ欄でも結構楽しめる。当サイトが気づいたものでは昭和35年8月8日から13日にわたって“夢声の「戦争日記」”がラジオ東京で放送されている、自著の朗読のようですが聴いてみたい番組の筆頭はこれ。もうひとつは昭和39年9月27日“谷崎氏にきく現代世相”という番組でメインタイトルは“高峰秀子さんの<日曜訪問>” NHKラジオ(第1)で日曜日の朝、放送されている。25分間の番組ですがインタビュアー高峰と語る谷崎潤一郎の組み合わせが凄い。聴くことが出来ないのなら文章化されたものを読むことでもいいのですが、音は残っていないんだろうか。
▽見逃した番組ですが「NHK 知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」(8月 城山三郎 9月 植木等 2007年 日本放送出版会)のテキストに小松政夫のことばが掲載されている。時代の風向きが変わって植木等はだんだん出番が減っていく、「年に、五本も六本も映画にでていた人が、三本になり、二本になり、一本になって、ゼロになる。」 「おれも、もうひとつ当てなくっちゃなあ、もうひと花咲かせなきゃいけないなあ」と語ったとある。オヤジの口からそんな言葉がでるとは思いもせず「私は、号泣しました。オイオイと泣いてしまいました」 復活の「スーダラ伝説」(CD)がでたとき植木は63歳、「この二十年間、いったいどんな気持でいたんだろう」、私だったら「とっくにつぶれていたんじゃないでしょうか」 そんな師匠を持てたことが誇りだと締めくくっています。 <12月5日>
▽最近の「東京人」は目が離せない、今一番面白い雑誌ではないか。12月号は「テレビCMが見せた夢」。昭和30年代のトリスやイエイエ、そして植木等や小林亜星ら「生活讃歌」のCMにスポットをあてています。もちろん三木鶏郎にも。(誰の説だったか思いだせませんが)“三木鶏郎の評伝すらないのはどうなんだろう、それに値する人物なのに”というコメントを憶えていますが全く同感。三木のCMソングを分析しているのが瀬川昌久。余談ですが弟さん(瀬川昌治)の喜劇映画は安心して観にいけました、毎度夢のシーンが出てきてフランキーが伴淳のオツムをかきむしる映画、面白かったですね。「乾杯!ごきげん映画人生」という山本嘉次郎や中川信夫ら懐かしの監督たちが登場する著書もでてます。あっと驚く映画渡世です、清流出版。
2007年12月
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