△ 承前 ラジオではマスコミのひとつの型とでもいうべき<頑張れ、しなやかに、前向きに>といったお説教くさいフレーズが希薄のように感じる。頑張ってみたけれどズッコケてしまったとか格好よく決めようとしたけれど肝心な場面でコケたとか、まあ普通の人の日常ってこんな感じなのだというところにピントが合っているように思う。(漫画や随筆の)東海林さだお的日常とでもいうべきあのセンス。いい事したりすると照れたりするんだよね。小島が記した「葛藤」というのも実は昼飯をカツ丼にするかタヌキ蕎麦にするかといった類のどうってことのない、しかしその時の本人にとっては重要な「葛藤」であり、「奇跡」も木皿ドラマにまた逢えたとかちくま文庫から夢声の「問答有用」が刊行された(注)というような他人から見たら<好きですなぁ>の一言で片づけられてしまうようなささやかなものなのだ。たわいもないといえばそれまでなのですがラジオから聞こえてくる笑い声ひとつでユウウツな時間がほぐれていくこともあるのだ。向田邦子が「せりふ」という評論でせりふは「空気のなかに立ち上がって音にな」るもの、「生きてる人間が呼吸をしながらしゃべる言葉」と言っている(「向田邦子全集第二巻 昭和62年 文藝春秋 854−855ページ )。、例えばラジオの「笑い声」に注意して聴いているとホントにそうだなと思いますね。笑い声やことばは呼吸と切り離せないし、笑うというのは吐く息の変型でしょう、たぶん。当サイトだけの思い込みなのかもしれませんがTV(バラエティ)などでよく聞こえてくる笑い声とラジオのそれとは違うような気がする。TVよりラジオのそれの方が純度が高い、そんな気がする。向田説に倣えば何に対して笑っているかにその人の全人格の一端(要するにその人らしさ)が立ち上がってくる。
余談ですが当サイトが今一番楽しみなのが松島トモ子のラジオ出演。さァ出かけるぞというその時に松島トモ子が出てきたりするとホントに困ります、動けなくなる。不定期ですが土曜日の午前「永六輔その新世界」(TBSラジオ)にでてきます。ライオンに噛まれた噺(エッ!)、捕虜になった日本人を支え続けたクラウディアさん(絶句!)、中山千夏との怒涛のお喋り合戦(笑ったね)、日比谷公園のホームレスを仕切る「先生」の敬礼(シーン)、どれもが滲みてくるいい時間でした。それ以前に嵐寛さんの話もしたとのことで、ああ、聞き逃したと口惜しがっていた時に松島の本「母と娘の旅路」(近々アップします 文藝春秋 1993年)に出会えた。松島トモ子は嵐寛さんの最期の友だちだったんですね。お葬式の前日、松島は「アラカンさん」の家を訪れる、大スターだった方とは思えないほどの小さな家だった、「暑い夏でも汗をかきながら、アラカンさんがもぐり込んでいたという炬燵(こたつ)の脇のテレビは白黒だった」(96ページ カッコは原文ではルビ)とある、ここのところ田中絹代がダブってきました、倉本聰が田中絹代への想いを描いてましたね。田中絹代の部屋はひどく寒く、暖房の設備はほとんどなくやたらに暗かった、そして「こたつのすぐ脇に電話があったので、田中さんはいつもここにいたンだなと判った。古びたテレビが一台あったが、驚いたことにそれは白黒テレビだった。それがたったの一台だった。」(倉本聰コレクション4 前略おふくろ様 PARTU−(2) 理論社 353ページ この全文は一年に一度くらいは読み返してしまう、怖いもの見たさに近い気持ちで。辛い話。) ちょっとたまらない描写ですが(映画の)キヤメラだったら虚飾も栄光もなにもかも取り払ってポツンと佇む姿、その後ろ姿をじっと見つめる映像になるのだろうか。ちろん目撃したわけではないのに静止のその映像はも心に刻みつけられ離れない。
(注)阿川佐和子編なのです、うーん憎いと思ったのは阿川の対談集(「「この人に会いたい」シリーズ 文春文庫で7まででています)がめっぽう面白いから、6に登場する小松政夫のところなど「のぼせもんやけん」の楽屋裏を読む楽しさ。小林旭や忌野清志郎らもおすすめですよ。) <11月15日>

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2010年11月