▽実況を超えた実況といえば杉本清さんの名放送をあげないわけにはいきません、杉本節はTVの競馬中継に「物語」を織り込んでその語録が記録されているばかりか(「三冠に向かって視界よし!」日本文芸社)ビデオにもなっているほど。ファンに語り騎手に問いかけ(河内、早いのか、これでいいのか)、カメラにまで指示をだす(外、外、もっと外です)。TV画面にかぶさる声がこれほど強烈な実況は一時代を築いたといっていいほど。後方一気のミスターシービーのレースで「シービーはどこか」と一瞬差し込むセリフなど心憎いばかり、「“シービーは後ろです”というより・・・見ている人もハッとする」計算があったと書いています。「実況はひらめきの勝負」(「あとがき」)だとはいえサンドピアリスが勝ったレースなどこの方の実況でなければ記憶に残らなっかったのではないか。誰もが軽視したシンガリ人気の馬が一等賞に抜けだしてきた驚き(恐らくその馬が誰なのかも観衆は掴めなかったはず)、まさかを実況にのせた「まちがいない!」は馬名とともに消えない一瞬となった。杉本さんの声は絶叫のように聞こえるものの実はそうではなく画面をひきたてることばだったから分かりやすいという印象です。 続 <10月1日>
▽キネマ旬報の8月上旬号「特集 追悼今村昌平」は単行本1冊に匹敵する充実ぶり、昔、池袋の文芸座地下でオールナイト興行(「人間蒸発」でラスト近くフットワークも軽く浦山桐郎が走ってきたときは客席から拍手が沸いていました)を観たときのワクワク感を思いだしました。表紙は「豚と軍艦」のスナップから(この写真がいい)、確かこの映画も逗子の自主上映で対面しましたが吉村実子さんが強烈でした、丹波哲郎さんも出演されていましたね。私にとって「監督」というのは今村さんのことだと語っている方が複数いますね、亡き浦山桐郎もそうだったのだろうか。「非行少女」の和泉雅子さんに吉村実子がかぶさってくる、ヒロインのなかに誰にも侵されない固い芯が発酵している感じ。プログラム・ピクチャアとしての日活アクション映画の主流からは外れた「作家の映画」だったおふたりですが、でもやっぱり日活の匂いが強いのでは・・・。まだバックナンバーがあるはずですから入手できます。定価860円。 続 <10月8日>
▽今回掲載の水上勉・藤山寛美対談で寛美について「この人は何と含羞を身につめこんでいるのだろう」と水上が書いています。思わず「向田邦子全対談」の水上との対談も読み返してしまった。「向田さんの眼は人間の日常性を適確に把えていた・・・日常性の会話にしめあげられていく深み」がドラマにあったと偲んでいます(「思い出ひとつ、ふたつ」 太字は引用者)。対談での「苦いばかりで甘みがないと、ドラマでも人が見てくれません」(向田)も至言。プロの凄みを文章に感じました、かなわないなァ。
水上は長時間の対談で正座したまま料理に箸をつけることもなく丁寧なお辞儀をしてさっと消えていった寛美を想いおこしながら「・・・あとでほろにがいものをぽとりと落としてゆくようなところがある」と印象をつづっている。生真面目な姿勢からおかしいことをつぶやくような硬い軟らかさ、不潔なようで実はサッパリした石鹸の香りが漂う清潔さみたいなものだろうか。「艶けしや」という大阪のことばが好きだといった寛美は「いっぴきの虫」(高峰秀子)でおばあさんもおじいさんも娘も艶をなくしてはいけない、とも話している。寛美の対談には普段着のことばが陰影をもちながらポンポンとびだしてくる感じで、確かに余韻を残します。毒を含んだ良薬か。 <10月11日>
▽いやはや凄い本だなァ、求心力というのかこの先もジワジワとこの本に引っぱられそうな気がしますね。「うらおもて人生録」(色川武大)のことです。文庫本のときはチラチラ拾い読みをしていただけでしたが単行本のガッシリした角背の装丁に惹かれて頭から読んでみる気になった。色川さんは昭和4年生、同年のサトウサンペイさんのことばを借りれば「小学校は二・二六の年、中学は太平洋戦争の年、私たち昭和4年生まれは、なんと不運なことか」(「見たり、描いたり。」朝日新聞社)という世代、戦争が終わったときは17歳。この本は一貫して若者に語りかける文体なのですが17歳の時点、戦前と戦後を分けたその年が著者にとってどれほど大きなものか。
「俺たち、戦争を知っているからね。見渡すかぎり焼け跡で、ああ、地面というものは、泥なんだな、と思ったんだね。
 その上に建っている家だとか、自動車だとか、人間だとか、そんなものはみんな飾りであって、本当は、ただの泥なんだ、とあのとき知ったんだ。」(「一病息災─の章」)
だから、と色川さんの語りは続く、またご破算に願いましてという声が聞こえてきやしないか、無の世界に、泥に戻るのではないかという不安、これが怖いと。そして小さな勝ち星ばかり気にかけて毎日を過ごすことの懐疑へ続く。「戦争を知っている」という認識は著者の「人生録」にとって決定的に重要なもの。その時代を生きぬいてきた、だから「知っている」ということにはならない。懐に抱きかかえベースになっているのでしょう、これだけは譲れないというような。 続 <10月19日>
▽色川武大「花のさかりは地下道で」は昭和56年(文藝春秋)刊行、「うらおもて人生録」が毎日新聞(日曜版)誌上で昭和58年から連載ですから執筆の時期は近い。というのも人生録で語られている敗戦後の体験とその周辺が「花のさかりは地下道で」につづられているからでこれらは焼け跡エレジーというだけでなく「人生録」にそのまま連結している。色川版「人生録」の魅力は多くの人生論や訓戒がかっての名声や栄光?のオツリで稼いでいるような「卑しさ」を感じてしまうのにこの本にはまったくそれがないこと。お説教くさくなるとテレてしまったりして。そしてアウトローすれすれの生活と(著者のことばで)「市民社会」の生活を往復しているところかな。色川武大と阿佐田哲也の像がピッタリひとつに重なり合ったようなところがありますね。「混沌とした」戦後すぐの日々は色川がいつも回帰できる「場所」でもあるのでしょう。「さて、どんなことからしゃべりはじめようか」から「それじゃ、な。」で完結する人生録をぜひ朗読で聴いてみたい。若ものに語りかけた「人生録」はもはや過ぎてしまった世代にも響く、いろんな補助線をひっぱることができそう。 <10月22日>
▽19日付けの朝日新聞(「私の視点」)、本のデザインにユニバーサルデザインの視点が欠落している、という記事が目についた。社会福祉の大学の先生(森本正昭)からの投稿。開いた状態を維持できず本を読むのに両手で押さえながらでないとバタンと閉じてしまう、身体障害者、高齢者の方々いかに苦労しているか、楽に読めるよう改善を求めているもの。健常者でもこの不自由さは感じていること。「本の制作者は、どんな状態で読まれているかを想像して本をつくらないのだろうか」と。<10月19日>
▽(承前)面白いのは森本さんが「バタン率」という造語を紹介していること、両手でしっかり押さえていないとバタンと閉じてしまう本はバタン率100%。ホントに覗き込むようにして読まなければならない本、雑誌の多いこと。というより閉じない本があるのがめずらしいほどか。専門用語で何というのかといえば無線とじのことでしょう。本について造詣が深く評論をする方々も多いのですが、本のカバーや絵がいかにデザインとして優れているか、ぬくもりがあるとか手づくりの味とかモダニズムとか、それはそれで大切なことだと思いますが肝心の読みやすいかどうかを欠落させたまま、何も触れないというのが不思議ですね。 <10月21日>
▽(承前)“本はモノとは違う、文化に連なる財だ。しかし、その前に使いやすいモノでなくては困る”なんていううるさいジジイ(ババアでも良い)がいなくなったのではないかと心配です。“買った本はいきなり読まない、本の真ん中あたりを開いてノドのあたりを上から下へ軽く押していく、次に右半分、左半分と繰り返していく、本の開きを良くして手になじませてから読むと本が長持ちする”と説いたのは明治生まれの先生でした。今、これを(本の種類を無視して)無差別にやるとちょっと怖い。ミシッと本がバラける(背が割れる)本があります。本を書く方や評論(家)の方たちが(造本という意味での)装丁を軽視しているとは思えませんが採算や得意先ということで云いたいことをいえない事情もあるのでしょう。でもやっぱりどこかでクリティカルな目は必要なはず。「本に恋して」(新潮社)だけではこの視点は育たないのでしょうか。ページがのどまで楽に開くかどうかという基本的なモノづくりの発想は根っこの部分にあたる。新聞の投稿記事の「要望」は時間を遡らせていくと(かなりは)解消される、どこでどうなっちゃったんだろう。 <10月22日>
▽フィルムセンターでいよいよ「没後50年 溝口健二再発見」が10月31日からスタート、11月18日からはフィルメックスの主催で「日本映画のダンディズム 岡本喜八」上映も、昨年は中川信夫監督特集でした。映画の季節になると「私だけの名画」に再会したくなりますな、「あゝ軍歌」(前田陽一)「旅の重さ」(斎藤耕一)「男の子守唄」(瀬川昌一)「斬り込み」(沢田幸弘)「俺たちの荒野」(出目昌伸)などなど街の名画座で気軽に楽しめたものばかり、(巨匠の作品ではないという意味で)失礼ながら古本で例えれば雑本の部類に入ってしまうかもしれませんが懐かしいものばかり。こういう陽のあたらない映画にこそ却って愛着も感じるというもの。「あゝ軍歌」のフランキー堺と財津一郎のコンビがイメージする回想シーン、「旅の重さ」の暗い引き戸から入ってくるまぶしいほどの緑、そしてタイトルがかぶさってくるまでの軽快さ、など力がありました。娯楽映画とはいえその一瞬、時代を捉えたナという場面だったのではないか、と密かに思っているのですが。 <10月28日>
▽先週、夜中に目がさめてふとFMをつけると加賀美さんの声が聞こえて流れてきた、ボンヤリ聞き耳をたてていると昔のラジオ番組を再放送しながら当時のプロデューサーにインタビューをしているものらしい。番組は「三つの歌」、昭和27年だったかの録音で司会は宮田輝さん。「・・・でございます」調のていねいなことばと出演者との軽妙なやりとりがおかしい。「おばんです」(宮田輝)に地元の方たちとのはなしの時間がだんだん多くなっていってそれが楽しみだったと書いていらっしゃいますと加賀美さん。ラジオの宮田輝さんの声、寄り添う会話、これは新鮮な「発見」でした。 <10月31日>

■注目の切手シート
10月10日から「日本映画」記念シートが発売されました、<懐かしの名作><現代の名作>それぞれ10枚セットで各800円。切手1枚でも購入できるとのこと。雷蔵が吉永小百合が高峰秀子が旭や大河内伝次郎、森雅之も・・・。6色刷りだといいますからさすがに印刷は見事。
2006年10月
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