



2009年1月
▽録画しておいた「誰でもピカソ」(関東地方では東京12chで1月23日放送)を見たのですが良かったですね、岩崎宏美・良美姉妹を特集した番組。“唄は背中に背負ったものがでてくるときがいい”とビートたけしが云っていましたが納得です、“姉妹だから私たちの声は溶け合う”んだという妹さんのことばも印象的でしたがおふたりが深川の生まれだということ(「前略おふくろ様」の舞台でした)、デビュー(岩崎宏美は1975年のデビューだという)してからこんなに年を重ねていたとは、ビックリです。正月2日にNHKで放送されたタビ歌とかいう番組(岩崎宏美と平原綾香が共演)も素晴らしかったし(少女の頃と)声は変わらねど深いところまで届くような歌声でした。聞きそびれていたDear Friendsシリーズの最初の盤(2003年)もつい最近聞いたのですがとにかくこのシリーズは選曲がいいし、ていねいで、アレンジも良くて、妹さんとのハーモニーまで愉しめて、<私たちはめったにない幸運に巡り会っているんじゃなかろうか>という思いに捉われますね。無伴奏でコーラスをバックに歌いあげた「見上げてごらん夜の星を」(作詞永六輔 作曲いずみたく 1963年)、ギュと心をわしづかみにされる「君と歩いた青春」(作詞作曲伊勢正三 1976年)の一節、どれもが新鮮に蘇ってくる。機会があったらお聴きください、現在シリーズでWまででています。
▽TVの話題に触れたところでもうひとつイキのいい番組にも少し触れておきます。NHK土曜ドラマの「浪速の華」という30分番組、モダンですよ。飛びけり回し蹴りに(空手)チョップが飛び出す美少女剣士(名を左近と云うのですが栗山千明の切れ長の目に釘付け)と医者を目指す朴訥な青年(後の緒方洪庵)が絡むスーパー時代劇、クレジットタイトルに美術監修西岡善信なんて名前もでてきてオッと身を乗りだした、午後7時30分から。 <1月25日>
▽注目の新刊書
(失礼ながら)あまり売れているようにはみえませんので「注目の新刊書」として3点紹介しておきます。
この本の単行本は当サイトでも扱ったことはありますが文庫はついぞおめにかからなかった。それだけマニアックな1冊です、「小林信彦編 横溝正史読本」(角川文庫)が昨年の9月に改版(といっても年譜が追加されただけのようです)されて復刻されています。横溝や探偵小説に興味のない方でも、これだけ緻密な対談はめずらしいほどでそれだけでも一読に値すると思うのですが・・・。古本でしか探すほかなかった時の十分の一くらいの値段(当たらずとも遠からず?)ですからたまりません、定価540円。
次は高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」(ちくま文庫 2008年4月)、和田誠の表紙のいいこと! 高田渡が1949年生まれとは驚いた(もっと上だと思っていました)、飄々とした文体でなんだか懐かしい気持でいっぱいになります、定価756円。なぜか書店にはあったりなかったりしていて目立たない一冊ですがまだ在庫はありそうですよ。こういうのが案外、ホントに出てたかい、なんて品切れになってから探したりするんじゃないか。新刊なのに古本的なのはなぜでしょう。
今回アップした東京人の「東京の学校」特集と合わせて出そうと思ったのですがまだ新刊書として健在のようですので見送りにしましたが面白いですよ、「同級生交歓」(文春新書 2006年 定価798円)。文藝春秋の名物グラビアを編んだものですが<異業種交配>といっても時間を遡るとこれこのとおりという感じで不思議というのか意外というのか。雨傘を手に墨田小学校を眺める黒澤明と植草圭之助の場面から始まりそれはもう新鮮な昭和人物グラフィティ、当サイトも例えば安井かずみと藤村志保が結びつくなんて想像だにしませんでした。お互いがお互いに青春(あるいは少年少女の面影)そのものを探しているようないい表情の写真がいっぱいです。<あの頃にすぐ戻っちゃうんだよ>
▽「おそめ」(石井妙子)という本
おそろしく面白い本がでてたんですね、「おそめ 伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生」(洋泉社 石井妙子 2006年)、カバーの写真に惹かれて手にした方も多いとおもいますがカバーを外した本体の表紙写真もこれまた・・・。10年に一度の傑出したドキュメントと見ました。当サイトは「俊藤浩滋、この男、どう捉えたらいいのか。私の中でいまだに、ひとつの像を結びえないでいる。」と書きだしている第六章から読み始め、巻末の参考文献までいって改めて最初からページを繰っていったのですが感動的な「序章 出会い」と「終章 流れの人よ」にはさまれた全章は圧巻というほかない。凄い書き手が現れたものです、著者は石井妙子─はじめてのノンフィクションだとある。主演は上羽秀(うえばひで)、準主演は俊藤浩滋、そして客演は門田勲であり川口松太郎であり白洲次郎であり吉井勇 川島雄三 小津安二郎 大仏次郎 川端康成 服部良一らと家族である。
著者ははじめて上羽秀に会ったとき彼女の「全身に漂う透明な空気」に捉えられた、と記す(序章)。そして5年の歳月をかけてその歩みを追う。昭和時代の文人、映画人たちを惹きつけた魅力の在りかは本書で完璧に洗いだされる。男が男だった時代、女が女だった頃の昭和、人と人との密度の濃さとスケールの大きさ。最初は聞き書きのカタチで綴っていくはずが高齢からくる記憶のあいまいさと自分(そして人のこと)をわずかな言葉でしか語らない上羽を前にして著者は彼女を知る人への取材と残された資料(手紙、写真から膨大な週刊誌の記事まで視野に収める!)から上羽秀の足跡を追う、こんなことまで書いてしまっていいんだろうか、とゾクッとくる箇所もあったりするがプライバシィの問題というより得体のしれない怖さをそこからイメージしてのことです。この本には(流行の)甘酸っぱいような、あるいは人工的な昭和の郷愁というものとは違って何かひんやりと暗い翳、澱みのない清々しさを感じさせる。なぜだろうか。世俗の人とはとても思えないその方は成瀬の「流れる」の世界にある時間とどこかで繋がっているんじゃないだろうか。
読み終えてひとつだけ残念なことは著者に生前の俊藤浩滋を会わせたかったということ、上羽が惚れてほれぬいた男、俊藤は40歳を過ぎて東映のプロデューサーに転身し頂点を究めるという異例のコースを歩む。その経緯を本書でも触れてはいるし映画プロデューサーとしての歩みは「任侠映画伝」(山根貞男 講談社 1999年)でも詳しく語られている。しかし俊藤山脈の広さが判ったとしても核心に触れ得ないもどかしさが残ってしまう。この方には映画「麻雀放浪記」や「酔いどれ天使」のような青春の時代が重なるが世渡り上手と人脈の広さというだけではないXを抱え込んでいたのではないか。風聞や証言として語られる俊藤ではなくその実像を著者石井なら射ることができたのではないか。
往時茫々、上羽(おそめ)に集った懐かしき人たちも老いていった、朝日の論客門田勲が病床に伏したとき見舞ってくれたのはおそめの上羽だけだった、気丈夫な門田の眼に涙があったとある。当時、寿司屋の小僧さんとしておそめに接した少年は半世紀近い時を経て親方になり「小僧なんかに優しくしてくれる人、いなかったですよ。・・・誰よりも優しくて」(341ページ)と上羽を語る。同じぬくもりを上羽は俊藤のなかに見ていたのだろうか、それとも同質あるいはまったく逆の資質を感じとっていたのだろうか。上羽秀は大正12年京都木屋町大黒町で生まれ、1月15日が誕生日だという。 <1月10日>
▽「倚りかからず」(茨木のり子 ちくま文庫 2007年)に付された優れた解説(「誇るのではなく 羞じる人」山根基世)の冒頭、
「ああこの方が茨木のり子さん、・(略)・茨木さんに初めてお会いしたとき、まさに彼女の詩そのものが目の前に人間の姿になって顕れたような気がした。落ち着いた真っ直ぐな眼差し。凛としていながらたおやかな印象。深く温かい声で語られる飾り・偽りのない美しい日本語。七七歳の茨木さんは端正な一輪の花のようだった。」
この文章に会ってからいったいどんな人かな、と思いながら時間は過ぎて(最近入手した)「現代詩手帖 追悼特集 茨木のり子」(思潮社 2006年4月号)でやっと少し会えた。口絵に「茨木のり子アルバム1926−2006)があって山根の印象そのままだなと感じましたね、当サイトは一瞬原節子を思い浮かべてしまったけれど・・・。
「仕事がうまくいかず、すっかり自信を失い絶望しているとき、この詩にどれほど励まされたことだろう」(前掲書解説 山根)と引用されている一節が「汲む」。
「あらゆる仕事/すべてのいい仕事の核には/震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・・・」(/は行換え)
世の中捨てたもんじゃない、と感じる時はたいがいこんな志の人がいることに気づいた時なのかもしれない。
茨木の「詩のこころを読む」(岩波ジュニア新書 1979年)の黒田三郎の詩にふれているところで「私はときどき一人で値段ごっこというのをやって、この世の流通機構をひっくりかえしてしま」うというアッと想うようなことばがあります。古本に値段をつけるときに当然ながらどこにでもある本にはたいした値はつけられない、稀少なものが高めの値になるのは流通の基本ではあります。しかし値段が安かろうがよく目にする本だからといって価値がないとはまったくいえない。古本好きの方の陥る癖というようなもので特殊なめずらしい本だけが価値があってありふれた本が軽視されてしまう。当サイトも先日大きなリサイクル書店の棚を眺めながら(生意気にも)感じたものです、<どうしてこんなくだらない本ばかり大量にあるのか> 危ないあぶない確かに今風の本は本を創る態度が昭和30〜40年代のものと比べてもうすっぺらというか安易ではないかとは思うのですがひっそりと隠れていたりしますからね、いい本が。時間をスライドさせていかないとその辺りは見えてこないこともあるようですし。
レモンについて「あの一顆は私のなかで五千円くらい」でダイヤモンドやミンクの毛皮は「がらくたなみ」と茨木は云う。痛快です、
「一般には人間も、学歴や社会的地位で価値が決まるようですが、私のランク表によれば、役たたずのダメ人間とされている人が、すこぶる高みの椅子に坐っていたりします。」(42ページ)
たいがいの古本は雑本といってもいいくらいですが「役たたずのダメ本」にキラッと光るなにかを見つけられたら、かけがえのない一冊になろうというもの。茨木の「詩のこころを読む」も(よく読まれているという意味で)いわばありふれた本のひとつですが10年か20年かけて、ゆっくりゆっくり読んでいきたい本です。
「もし、ほんとうに教育の名に値するものがあるとすれば、それは自分で自分を教育できたときではないのかしら。」「自分の中に一人のきびしい教師を育てえたとき、教育はなれり、という気がします。」(186ページ)
こんなことばが飛びだしてくるから油断できない、しかし厳しいことばですなあ、かなわないや。 <1月7日>
▽「週刊朝日別冊 小説トリッパー」WINTER 2008(2008年12月30日発行)の特集 (脚本という表現)で木皿泉一家が登場しています。年明けから嬉しい記事に出合えました。このインタビュー(聞き手は木村俊介)が良くてよくて・・・。2003年の「すいか」から始まって「野ブタ。をプロデュース」「セクシーボイスアンドロボ」と隔年で放送された木皿ドラマの世界が語られていて何度も読み返したくなる面白さ。「私は、あとの人に繋がらないようなものは一切書きたくない。私達の脚本は基本的に日本映画がやってきたオーソドックスな手法しか使っていません」とある、この一家は仕事量が少ないのがファンにとっては<(新作は)まだか、まだか>の連続でジリジリしてきますが近況を読むとジックリ取り組んでいる様子、待つとしよう。ヒマな時には「仕事より二人でよく古い日本映画を観ていましたね」とありますが木皿一家の本にはどこか「しいんと静かな湖」が湛えられているように感じる、泉の源は日本映画の伝統なのだろうか。 <1月1日>