▽ 新年そうそう笑わせて(そして少し泣かせて)もらいました、「高峰秀子との仕事 第14回 高峰さんが授けてくれたもの」(斎藤明美 婦人画報 2010年2月号)」のことです。知らなかったなぁ、別冊太陽の「女優高峰秀子」の目次にデザイン担当の方の名前がでていますが「高峰秀子の捨てられない荷物」(文藝春秋 平成13年)の装丁も同じ方だったんですね。友成 修とあります。1冊の本が出来上がるまでに、それも著者にとって最初の本だからなおさらのことでしょうが、こんなにいろんな方の想いに支えられ手を貸し方向づけしてくれる方や見守る人がいる、仕事というものはこういうものなのだと改めて気づかせてくれます。 続 <1月8日>
▽ 当サイトが「別冊太陽 女優高峰秀子」を手にしたのは朝日文庫で「わたしの渡世日記」を読んでいたからで、写真集とはいえ随筆や対談、年譜も充実していて高峰の集大成が出来上がったという印象を持ちました。なかでも強烈だったのが「かあちゃんの卵焼き」、著者斎藤明美の名前を刻み込んだのはここから。それからしばらくして新聞広告で「高峰秀子の捨てられない荷物」(平成13年 文藝春秋)を見つけ書店に駆けつけた。最初の一行がまたいいんですね、「その坂を、何度上ったことだろう」。大満足で読み終えたものですがそれからしばらくして(インター)ネットであまり好意的ではない感想が目についた、断っておきますが当サイト絶賛のこの本を否定的に書いたからといってどうだというのではない、逆の感想もあっていいとは思います。著者の距離の強さに“引いてしまう”というような書き方だったのですが何か小骨が突き刺さったような後味の悪さを感じた。何だろう? 2,3日してもう一度この感想を呼び出して「嫉妬」の二文字をかぶせてみた、あっけないものです、そういうことだったのか。そんなものなんでしょうね、もっともらしい理屈をつけても実体はほんのちょっとした感情のねじれだったりして。
図書館へは今どんな本が入っているかをこの目で確かめたくて時間が許す限り行くようにしているのですが横浜のT図書館の「高峰秀子の捨てられない荷物」は擦れてしまい本の角なんか丸くなっている、それだけ読まれたんでしょう。そんな痕跡をハッキリ残しています。もちろん借りて読んだ本と身銭を切って読んだ本とでは何かが微妙に違うものですが、さしあたってどんな本かは図書館を活用すれば判るからね。 続 <1月13日>
▽ こうきたか。いきなり直球。“いつでも、ここにいますよ” そう語りかけてくるような表紙で登場です。やっと刊行された「高峰秀子の流儀」(新潮社 斎藤明美)。
通読してみて改めて思うのは高峰秀子という方の重心の低さ、底辺の広さ、当サイトにとってそれはこうありたいひとつの座標軸のような存在。どこへ還るか、どこから始めるか、喪ってはならないものは何か、を感じさせてくれる方なのです。こう書くと偉人から教訓めいたことを導き出す類いかと誤解されやすいのですがそうではなくて一言で言えば存在そのものが魅力的だということ。だから読み手一人ひとりが自由に好きなエピソードを探すことができるし自分なりの補助線や延長線を描きたくなるのではないか。初めて高峰に会った時を著者が書いている、高峰から返されたことばに「その時、漫画で言うなら、私の頭にピカッと電球が点った。/いいぞッ、この人!」(同署 282ページ /は行換え)。当サイトにとっても「この人、いい」、そんな連続なのだ。 続 <1月27日>

2010年1月