今年も高峰秀子はやめられない
今、聞こえてくることばや視覚に飛びこんでくる活字はコマーシャリズムのことばというのか目立ちたいばかりで馴れなれしく、軽い(というより信用が置けない)感じのものが多いように思える。それだけに充分に発酵されて枡から零れ落ちるようなことばに出会えるとホッとする、淀んだ空気に入り込む緑風の如し。
高峰秀子がある女優を前にしてポロリと落としたことばが気にいっているのですがこんな場面です。「いっぴきの虫」の杉村春子との対談から。杉村が生きているときに「自分が生まれあわせたってことに幸せを感じる」・・・そう思える自分が「純情で、うれしくなっちゃうの。まだ、いいとこあるな、なんて自分で思ったりして・・・」と続く。同じ時代に生きている幸福を正直に語っていて、さらにそう思う自分自身の「純情」に声援を送るという健気さ。杉村を見つめる高峰の気持は歳月をかけて自分の体温で温めつづけてきた「純情」だったのでしょう。なにしろ杉村との出会いは戦前にさかのぼるのだからそういってもオーバーではないはず。生意気盛りで大人を小ばかにしていた16歳の少女がスクリーンの杉村の演技から受けとめた衝撃、一瞬でたたきのめされたわけですね。「にくい奴」杉村の描写は「わたしの渡世日記 上」の名場面。
さて、アッサリと<純情とか健気>とか書きましたがそう括って「判ってしまって」いいものかなァ、という何かが残る。こんな繰り返しだからやめられないわけです。 <1月12日>
▽植木等伝 わかっちゃいるけど、やめられない(戸井十月 小学館 2007年12月 定価1,470円)はおすすめの1冊。植木等の昭和から平成を「綺羅星の如く個性豊かな」奇人変人がぞろぞろでてきた(70ページ)戦後日本の芸能界と合わせて描いている。著者は「息子が父親に話を訊くようなつもりでインタビューした」(エピローグ こりゃシャクだった)と記している、<オヤジと息子>が語り合いながら創りあげた本ですね。稲垣次郎、谷啓、小松政夫の「外伝」まで収められていて、このインタビューがまたいいのよ。
▽こんなに簡単に、切り捨てて生きていっていいのかな?
「すいかシナリオBOOK(第5話)」(木皿泉 山田あかね)のことば。
お客さまの瀬戸物人形を壊した基子が同じものを探すのだが見つけることができないでいる。上司は最後は金で解決すればよいとなだめ友人の絆も探すのはムリだから謝った方が得策だと云う。以下は基子が絆に(そして自分に向けても)言う台詞、シナリオでは台詞が細かく分けられていますがTVの放送では一連の台詞で語っていましたのでひとつにたばねて引用します。
「うちの課長と同じこと、言わないでよ。お金出せば、それですむとか、時間もったいないから次に行こうとか、体裁のいい事だけ言っておこうとか─そうやって、馬場チャンのこともないことにして エロ漫画家を、クリエイティブな職業って言い換えたりして 親、居るのに居ないように暮らして あるのに、ないことにしようなんて、そんなの間違ってると思う こんなに簡単に、切り捨てて生きていっていいのかな? いないことにされるのは、つらいよ」
長々と引用したのはこんな気持をもちながら過ごしていけたらな、ということです。切り捨てられたものや忘れ去られた人にも,もう一度光をあてる事が出来たらなァ、という年頭の願いでもあります。 <1月5日>
2008年1月
備忘録のようなもの