▽パソコンを新しくして今まで使っていたものから何とか引っ越しも済んで、初めての更新です。いつも思うのですが取説の文章というのはどうしてあんなに判りにくいのか、携帯のマニュアルなんてほとんど理解できない。やたら横文字を使うのと聞きなれない名称を作ったりするから余計にちんぷんかんぷん。結局電話でああだこうだと聞きまくって進めていくことになるわけです。判らなくなったらとりあえず聞くのが一番、勘どころを教えてくれます。
今まで気になっていたメールの送受信の不安もこれで解消かな、ソフトもほとんどバージョンアップ版になって慣れるまで時間がかかりそう、少しは見やすい画面にしていかないと・・・。 <4月7日>
▽相米映画覚書は「私信雑録」─番外編 日本映画黄金時代の終わり─に引っ越しました。トップページの「私信雑録」からどうぞ。
「映画芸術」に掲載された寺田農と斎藤由貴の追想はそれぞれ「寺田農のみのりのナイ話」(淡交社 1996年)、「私の好きなあの人のコト」(新潮社 2000年)に原形があります。2冊ともいい味わいがあって、その割には評判になったというハナシも聞かないし、おすすめの本だと思います。
寺田の本は師匠と呼ぶ三木のり平を筆頭に岡本喜八、志ん朝、倉本聰、沢村貞子らとのエピソードをスケッチして、さっぱりしたお茶漬けの味。湿っぽくならないで軽くサラッとした感じの本ですがそのなかにもキラッと抜き身を見せている文章がいくつかありますね、「或る女」と「父 寺田政明」には胸を衝かれました。
もう一冊、朝さん(古今亭志ん朝)、農(みのり)と呼び合うふたりが師匠(三木のり平をオヤジと呼んでいます)を語った対談も面白い(「もう一席うかがいます」に収録 古今亭志ん朝 河出書房新社 2006年)。
▽このところ初夏を思わせる天気のせいか、ついDVDに録画しておいた「すいか」(2003年)を見てしまう。何度見てもおかしいですね、愚かというか変なクセというか毒があって懐かしくて哀しくあったかい、変なドラマ。そういえばこんな表現で志ん朝の「火焔太鼓」のセリフを絶賛していたのが向田邦子でした。目頭が熱くなるような人間の愚かさというか、おかしみ、あったかみがあって“私にはとても書けないセリフで、頭が下がる”と話している。CD「言葉が怖い」にその一節があります。
(古)道具屋の主人は仕入れた物が売れようが売れまいが無頓着で“世の中ついでに生きてるようなごく呑気なオヤジ”だが女将さんは逆に機関銃のように小言の雨を降らしてはしっかり商売をして、たまには胸やけがするぐらい腹いっぱい喰わせてほしものだとウルサイこと。その日もきたない太鼓を仕入れた矢先に女房からさんざっぱら苦言をもらっていたのだが殿様が是非見たい、城中に来いとの仰せ。女房の罵詈雑言を受けながら持っていくと高く買ってやるぞ、と言われて夢のような大金を手にする、帰り道、オヤジが云うセリフに見せ場が・・・ 続 <4月12日>
▽帰ったら女房にこう云ってやろうというところ、“腹いっぱい喰わせてやって動けなくなったところをくすぐっちゃおう”[注] ここで聴いているお客さんもドッと笑いがおこるのだが、腹いっぱい喰わしてやる、というところまでは“私でも書ける、 しかし「くすぐっちやおう」というセリフはとても書けない”そう向田は語る。この一言を付け加えたことで何ともいえないおかしみ、人情、愚かさが伝わってきて、いったい誰が考えたのだろう。本当にいいセリフというのは気持が和んできて、小言がジワッとあったかく沁みてくる、そういうものではないかと思う。 続 <4月13日>
[注]「火焔太鼓」の活字化はさしあたって「志ん朝の落語5 浮きつ沈みつ」(ちくま文庫)に収録されています。
▽承前 「くすぐっちゃおう」なんてことば、当サイトは聞き流していたから指摘されるまでは忘れていた。腹いっぱい喰わせてやる、で終わってしまうと意地が悪いようで丸みがない、動けなくしておいて“くすぐっちゃおう”の一言でジワッとしたものが伝わるんだと向田は云う、向田の感度はたぶん何気ない小さなことばが世界を柔らかくつつみ込むことを鋭く見抜いて、さすがというほかありません。 続 <4月17日>
▽昨年の後半から今年にかけて鈍い当サイトでも感じることは時代の風向きが変わってきているぞ、という感覚。急速な経済の冷え込みもそのひとつですが何だろうね、何かグィと変化してきているという感じを受けます。新刊本にもそんな風を感じるのですが・・・
当サイトでも取り上げた「おそめ」が新潮文庫に加筆増補されて入り(解説は山内静夫)、「橋をかける」が文春文庫にそれもハードカバー版で再刊される。さらに生誕80年ということで向田邦子全集が全11巻で新装され(今月から文藝春秋から刊行されるという)る。どれも嬉しいニュースですが一番は岩波現代文庫から向田邦子シナリオ集が続々でてくること、古書店では探すことすら難しかった「寺内貫太郎一家」(もちろんシナリオです)も文庫サイズで手軽によめる!とは。奇跡に近い出来事、待っていたぞ。向田の最も優れた仕事はシナリオに集約される、とは当サイトの変わらぬ想いなのです。
岩波現代文庫には「けんかえれじい」や「綱大夫四季」などちょっと入手しにくい名著が入っていますから嬉しい限りです、変わり者の編集者がいるのだろうか。 <4月20日>
▽ 承前 泣くとか笑うとか情緒に訴えることばはもう少し慎重にしないとイヤァな感じにつながるような気がする、そうでなくても我々は充分情緒的なのだから。タメがないというか時間をおいて捉えなおしたというマがあったほうが信じられるというか・・・以前にも触れたことがありますが向田邦子と矢崎泰久の対談[注]のなかで向田が旅行から帰ってきたり原稿の依頼があったりしたときは、しばらく「ほっぽらかしとく」と話している、「すぐですと、みんな同じ重さになって、ペラペラ喋っちゃう」。ほっぽらかしとくと「風化作用っていうんでしょうか、軽いものが浮んで来て重いものが沈むっていいますか、位取りがはっきりしてきます」。 “位取り”とは上手い言い方ですね、一言で云えば“位相”でしょうか。向田に応えて矢崎は「体の中で発酵して来る、発酵して浄化されたものが文章に定着する」と言い換えている。 続 <4月20日>
[注]「話の特集」(昭和56年11月号 男は年に片頬 向田邦子+矢崎泰久)掲載のこの対談は短編小説ほどの重量感がある、というのも事故で亡くなってゲラ刷りを向田に見てもらえない、「原稿にしてみると、カットするのが惜しくなった。・・(略)・・向田さんのお話は、ディテエールに光るものがあって、そこをとってしまうと、かなり愛想のないものになってしまう。そこで、ほとんどノーカットで活字に」した、それが向田に対する礼だと書いている。25ページに及ぶ対談は「むろん本誌でもはじめて」だそうだが食べ物、旅行、動物などなど話題は広がり、難しい表現はまったくないけれどどうってないところにハッとするようなことばが埋め込まれていて、向田邦子の井戸端会議の面白さを満喫できる。こういう方を暮らし上手というのだろうか。
▽承前 刊行されたばかりの「向田邦子シナリオ集 1 あ・うん」(岩波現代文庫)を眺めていたら巻末の「附録」がよくて、そのなかにもホントそうだなぁということばがあった。朝日新聞1980年1月1日掲載の「新春たれんと模様」(倉本聰 橋田壽賀子 向田邦子 山田太一)が再録されていて、こんな一節がある。“好きなタレントは?”の問いで
「山田 夢っていう訳じゃないけど、吉永小百合さんとやってみたい。『衝動殺人』見てすごくよかったですね。きれいで・・・・・」(「衝動殺人」松竹 1979年 若山富三郎 高峰秀子─引用者) 山田のことばを継いで
「向田 あの人、メークしないところが好きですね。」 存在感がどうのとかつつむ空気がどうのこうのと云わないでこう云うんだからおかしい。とどめまである。
「向田 この五年ぐらい、目ばりは濃くなり、つけまつげは長くなる一方ですよ。」
29年前の会話ですがそのまま今日にスライドしてくるんじゃないか。 続 <4月23日>
▽承前 もうひとつこの座談会で注目したのが倉本聰の発言、嬉しいこと云ってます。同じく好きなタレントの問いで「本命」を明かしている。「倉本 本命がいるんだ。出ないだろうけど、書いてみたいのは芦川いづみさん。日活にいた女優さんで、小百合ちゃんも、松原智恵子も、芦川さんの影響をものすごく受けている。彼女がどういう老け方してるか興味ありますね。」 なんと芦川いづみの名があげられている。
この方の映画をリアルタイムで見て知っている人なんてかなり少数になってるんじゃないだろうか。今、思えば幸せな人たちですね、羨ましい。倉本の「本命」という云い方もニュアンスが伝わってきて判るような気がする。ひっそりとして淡い印象なのですが消えることはないという確信、どちらかというと売れているスターのちょっとワキにいるのだけれど「ほっぽらかしておいて」もずっと底のほうに佇んでいていつまでもその映像は残っていくそんなスターか。誰に似ているとも云えないしせいぜい芦川いづみ─吉永小百合─松原智恵子という系譜で語るしかないのかもしれない。 続 <4月25日>
▽承前 つい話が脱線しましたが座談[注]を読むと皆さん個性が強いですね、好きと嫌いがハッキリしていて。嫌いな役者やタレントについては(もちろん実名をあげていませんが)バッサリ、橋田はがまんして書いていっても「やっぱり最後にダメになってしまう。・・(略)・・書くと吐いたりする」とまで語り向田も「もうこの人のものを書くぐらいなら転業したい、って思う人がい」るとまで突き放す。「波長の問題」(向田)だとしか云いようがないようだ。新人に望むことの問いかけに向田が「きれいであろうと思わないこと。メーキャップに凝ろうなんて詰まらないことですよ」と話していますがドラマの世界についてだけの発言とは思えない。普通とか自然とかが一等大事というのは(理屈ではなくて)感覚的なもののような気もするけれどどうなんでしょう。 続 <4月27日>
[注] 念のためこの座談会が載った新聞(縮刷版)を当たってみましたが少し(新聞では2カ所5行分)発言を削っていますね、なぜだろう。
▽承前 好き嫌いとメーキャップについては「この相手役はちょっとお断りって、まあ何十本断ったか分からない」と「女優てものは、いつまでも白く塗って、付けまつ毛付けてね、それで一日でも長く若さにしがみついていたい人と、どうでもいいじゃないか、ツラなんかっていう、あたしみたいなのと、ふたとおりいるんですよ。」と明快なのは、もちろん高峰秀子(「君美わしく 戦後日本映画女優讃」)。ついでに女優は「御召(おめし)でいいところに縮緬(ちりめん)着ちゃっちゃいけないんですよ」、「熱演ばかりが能じゃない。ほんとはあと二つできるんだけども八つでやめときましょうって。それが、まあ気障ないい方だけど品格ていうものになるんです」ということばも加えておこう。高峰秀子を登場させると全部この方に吸いとられてしまう、「着ちゃっちゃいけない」とかことばがポンポン弾んで聞き手はさぞ気持ちよく(ことばを)受けとめたに違いない、そう感じますね。 続 <4月28日>
▽承前 高峰のどの対談を読んでも感じることはことばが弾んでいて新鮮に生きているという感覚、つくづくかなわないなと思いますね。向田邦子流に云えば「本当の教養」というのはこういうのを指すのではないか。教養とは、と向田は語る「学校を出たとか、外国語が出来るとか、偉そうなことが言えるとかいうんじゃない、人が思わず失敗したときに、優しい、しかも皮肉な、ピリッとした、相手を傷つけない一言が言えることが本当の教養だ」[注]というのです。 続 <4月29日>
[注]向田の体験はこうです、戦後すぐ「人のこころがすさんでいた時代」渋谷の満員の映画館で立ちっぱなしで映画を見ての帰り、祐天寺まで買うつもりが思わず渋谷一枚と叫んでしまう。初老の駅員さんがにっこりして・・・「ただですよ」。
このエピソードはエッセイにも書いていますしCD「言葉が怖い」(新潮社 2007年)にもあります、引用は「向田邦子、最後の講演 27年目の肉声 怖いことば」(「オール讀物」2008年12月号)。
▽承前 云われてみればそうなんだなァということって結構あります、昨日も図書館へ4,5年ほど前の新聞記事を探すためにページを繰っていたら(読んだことないから名前しか存知あげないのですが)女性の小説家の方のことばが引っかかった。本屋さんで手書きのおすすめ短冊(あるいはカード)で目につくのが「泣けた」とか「泣ける」とかいう文句だ、けれど“泣ける”というのはそんなにおすすめの理由になるものなのか、<私>も涙腺は弱いけれど涙があふれたからといってその本を人にすすめたりはしない、むしろそのことを隠したりする・・・というような記事でした。
確かに泣けるから読んでごらん、というのって多い、当サイトなら余計なお世話だで通り過ぎてしまうのですが泣けたから人にすすめるか、といわれればウーン、首をひねるかな、泣ける≒感動(あるいは人間性回復)というのがどことなくTVがよく使う手でいやぁな感じがまとわりつくもんね。 続 <4月18日>
2009年4月